暮らし<家族が欲しくて>(2)直談判 母になる覚悟胸に - 東京新聞(2017年8月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201708/CK2017081702000209.html
https://megalodon.jp/2017-0823-0947-23/www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201708/CK2017081702000209.html

「美咲なら、ちゃんと子育てを頑張れる」。妊娠前から美咲さん(21)=仮名=を知る市の福祉窓口の相談員の女性(48)は、児童相談所との会議で訴えた。
ヘルパー派遣など福祉サービスの利用計画を考える相談支援専門員の女性(34)も、神経質なほど胎児を気にかけ体調の相談をしてきた美咲さんを見て「美咲ならできる」と思っていた。「母親の手料理を食べたことがないから、自分の子には」と美咲さんが料理に励んでいることも知っていた。
「私だってやればできるんだから」。希望が彼女を成長させる日々を見詰めてきただけに、母子を引き離す児相の方針には、胸が締め付けられた。「育児グッズを買いに行きたいから一緒にきて」。そう頼まれたとき「忙しいから、またね」と断った。「買っても無駄になっちゃうかもしれないんだよ」。心でつぶやくと、切なかった。
児相は「出産への影響に配慮」し、美咲さんには知らせないまま、出産後に子どもを保護する方針だった。担当の医師に聞かされショックを受けた美咲さんは、相談員の女性の前で「子どもをとられたら私、何をしでかすかわからない」と口走った。
美咲さんは取材中によく「大人は何か問題を起こさないと動いてくれない」と話していた。守ってくれる親がいない自分が助けを求める最後の手段。周囲を困らせた非行にも、そんな一面がある。それがとっさに出てしまった。
「何言っているの!」。相談員の女性はそんな美咲さんを容赦なく一喝した。「その一言が“やっぱり変わってない”と思わせるんだ。私たちは今、美咲のために闘ってる。信用できないの?」。しゅんとして美咲さんがつぶやいた。
「今まで会ってきた大人とは違うと思ってる」
美咲さんは意を決して自ら児相に電話し「私の話も聞かないで決めないでほしい」と訴えた。児相側も面談を受け入れた。
数日後、取材で訪ねた私を美咲さんが待ち構えていた。「周りから見たらまだまだ未熟だけど、私なりに変わろうと努力してきた。それを児相にも伝えたい。どう伝えたらいいか、一緒に整理してもらえませんか」。非行仲間と距離を置いたこと、授乳の練習をし、沐浴(もくよく)の勉強をしていること…。一つ一つ、丁寧な字でノートに書いていった。「ひらがなばかりだと幼稚に思われるから」と、時折スマートフォンで漢字を調べながら。
児相と面談の日。「赤ちゃんにミルクをあげるために二時間おきに起きられる?」。女性職員の問いに美咲さんは「やってみないと大変さはわからないから、簡単にできるなんて言えない」と正直に答えた。「困ったらヘルパーさんに相談しながら解決したい」。面談の終わりに「この話し合い、私にとってプラスになったでしょうか」と聞いてみた。「かなりプラスになったと思います」という言葉が返ってきた。
後日、職員は取材に「会う前は、反発してくると予想していたが、むしろ『自分も母親になるから』と落ち着いた態度で、子どもが引き離されることを心から悲しんでいる様子が印象的だった」と話した。
そのころ、相談支援専門員の女性は、美咲さんの父方の祖母に育児への協力を得ようと奔走していた。身内の手助けが、児相を説得するカギだと思っていた。
 (芳賀美幸)