(筆洗) - 東京新聞(2017年8月21日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017082102000105.html
https://megalodon.jp/2017-0821-0902-56/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017082102000105.html

「この間、南部でレストランに入ったんだ。そしたら白人のウエートレスが飛んできてこう言うんだ。『うちの店じゃ、黒人は食べられないよ』。オレは言い返したよ。『大丈夫、オレは黒人を食べないから』」
米国では有名なジョーク。誘われるのは爆笑というよりもちょっと引きつった笑いか。発表されたのは黒人差別がなお強い一九六〇年代。この作品をはじめ、差別に対する辛口のジョークで一世を風靡(ふうび)した黒人コメディアンで人権活動家のディック・グレゴリーさんが亡くなった。八十四歳。
米国には黒人の進出を許さぬ、さまざまなカラードバリアーがあったが、グレゴリーさんは六一年、白人相手にスタンダップコメディーを初めて見せた黒人だったと聞く。
その芸は笑いに巧みにまぶした差別への敵意と悲しみである。「黒人の宇宙飛行士が実は大勢いると聞いた。何でも最初の太陽着陸のためだってさ」。自伝の題名は黒人の蔑称である「ニガー」。許せない呼び方にもかかわらず、そう付けたのは「もし、どこかで白人が黒人をそう呼べば、本を宣伝することになる」
差別や差別する者をちゃかし笑う。その笑いが広がれば世の中は変わる。「よくできたジョークには力がある」。しなやかな武器で、差別と闘った人である。
大統領が白人至上主義者に遠慮する時代。「よくできたジョーク」が聞きたい。