(余録)泥の川に5人の母子が胸や首までつかっている… - 毎日新聞(2017年8月20日)

https://mainichi.jp/articles/20170820/ddm/001/070/174000c
http://archive.is/2017.08.20-012057/https://mainichi.jp/articles/20170820/ddm/001/070/174000c

泥の川に5人の母子が胸や首までつかっている。米軍の爆撃に追い立てられ、こちらの岸へ逃げのびようと必死だ。目には戸惑いと恐怖が宿っている。
写真家、沢田教一(さわだ・きょういち)さんの「安全への逃避」は1965年9月、当時の南ベトナムの農村で撮影された。ベトナム戦争の現実を問いかけ、翌年の米ピュリツァー賞に輝く。「戦争の終結を2年早めた」とも言われる。
この作品をはじめ、愛用のカメラやメモ帳なども集めた展覧会が、東京の日本橋高島屋で28日まで開かれている。母の腕に抱かれて川を渡った当時2歳のフエさんが、沢田さんについて語るインタビューが会場に流れていた。
渡りきった家族に彼は手を差し出し、岸に引き上げたという。そして、催涙ガスで涙が止まらないフエさんに気づき、自分のハンカチを水でぬらして目をふいた。おびえが安堵(あんど)に変わったことだろう。
後日談を伝える新聞記事もあった。受賞の翌年、「あの母と子はどうなったのか」と村を訪れ、再会を果たした。そして36万円の賞金のうち6万円を渡し、受賞作品に「幸せに」と書いて贈っている。人柄が伝わるエピソードだ。
沢田さんは70年秋、カンボジアを取材中に銃撃され、34歳で亡くなった。最後まで戦場の外にもレンズを向けた。働く人、生活する人の日常を多く切り取った。女性や子どもの姿が多い。戦争で最も苦しめられるのは最も弱い者たちだ、との訴えがそこににじむ。今も世界のあちこちで、それを実感せざるを得ないのは歯がゆい。

写真家 沢田教一展 その視線の先に
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