保健室 男性の養護教諭、わずか65人 全国4万人のうち - 毎日新聞(2017年8月10日)

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◇心の交流、一歩ずつ
「保健室の先生」といえば女性だが、実は男性の養護教諭もいる。ただし国の昨年度の調査で全国の養護教諭助教諭約4万人のうち、わずか65人。戦前の「学校看護婦」の流れをくみ、長く女性の仕事とされてきた。近年、子供の性の多様性が重視され、養護の現場でも性別は無関係だとの声が上がる。百聞は一見にしかず。保健室に男の先生を訪ねた。【細川貴代】


「おはよう!」
知的障害児の通う名古屋市立天白養護学校で、学級ごとに欠席者などを記入した健康観察簿を保健室に持ってくる子たちを、養護教諭の市川恭平さん(31)が笑顔で迎える。
高校時代、取り乱した様子で保健室に来た友人を女性養護教諭が落ち着かせる場面を目の当たりにして感服。自分もなりたいと志した。「前例がない。やめた方がいい」と周囲から止められ、採用面接では「思春期の女子生徒にどう接するのか」などと詰問された。それでも2度目の挑戦で7年前、同市の男性養護教諭第1号に採用された。
保健室にこもらず玄関や教室を回り、不調を伝えられない子の変化を気遣う。同性の子を好きになったと男子に打ち明けられ「そうなんだね。それでもいいんだよ」と受け止め、性の捉え方を伝えた。生理の遅れに悩む女子には一緒に日を確認し、記録を付けるよう助言した。同校は市川さんと養護教諭キャリア30年の渡辺加奈さん(54)の2人体制で、子供の着替えなどの際には渡辺さんに同席してもらうこともある。
養護教諭は子供の心身の健康だけでなく不登校やいじめ、虐待に対応する。小中学校1校に1人の配置が法令で定められ、大規模校では2人置ける。特別支援学校には手厚く配置し、男性養護教諭の多くは大規模校か特別支援学校で働いているとみられる。全体に占める割合は看護師(男性7.3%)や保育士(同5.4%)に比べ極端に小さい。大阪府に9人、東京都には7人いるが、20府県でゼロと地域差がある。
子供にかかわる職業と性別の問題では、千葉市の「男性保育士」論争が注目された。同市は1月に男性保育士が働きやすい環境作りのプランを公表し、熊谷俊人市長が「女児の保護者の『うちの子を(男性保育士が)着替えさせないで』という要望が(これまで)通ってきた」などとツイッターで発信。女児を持つ保護者を含め賛否両論が巻き起こった。それでも、男性保育士は着実に増え、社会的に認知されている。
養護教諭を巡る各種の意識調査を分析した帝京短大の中村千景准教授は、男性の長所として「思春期の男子の悩みに対応できる」「(養護教諭全体の)資質向上に必要」を挙げる。一方、短所として「女子への対応に課題が多い」などを挙げるが、これは「男子に対応できる」というメリットと表裏の関係にある。
実際、市川さんも「過去に男子生徒の性の悩みを聞いた時は精通など体の仕組みや相手とのコミュニケーションなど、より深い内容まで話すことができた」と話す。性の悩みは男子生徒が女性の養護教諭に相談しにくい内容だろう。天白養護学校のように2人配置の場合、1人を男性にすれば生徒の選択肢は広がる。
でも「男性と女性のどちらが養護教諭に向いているか」という問題ではない。中村准教授は「医師の性別は問題ないのに養護教諭では男性への偏見が強い。医師のように職務の専門性で評価すべきだ」と話す。

◇偏見を乗り越えて

時代は変わりつつある。
NHKの長寿ドラマ「中学生日記」(2012年終了)は7年前、俳優のなだぎ武さん演じる男性養護教諭と生徒の心の交流を描いた。15年4月には、文部科学省性同一性障害の児童生徒に保健室での着替えを認めるなどきめ細かな対応を求める通知を出した。
鈴鹿大の川又俊則教授(教育社会学)も「性の指導など保健室の男子への対応は不十分。重要なのは性別ではなく子供との信頼関係で、複雑化する心と体の問題への対応のためにも男女2人の配置が望ましい」と、男性教諭や手厚い配置の必要性を強調する。
それでも世の偏見は根強い。市川さんは今も校外で「男で大丈夫?」と不安視される。同僚の渡辺さんは言う。「最初は男性だと身構えたが今は違和感はない。市川先生から学ぶことは多く、性別は無関係です」
兵庫県加古川市で5日、男性養護教諭の話を聞く集会があった。この場で北海道浜中町茶内小学校に1人で働く望月昇平さん(25)は、女子児童の保護者から「男性で不安だ」と言われた体験を語った。京都市立東山総合支援学校の田之上啓太さん(24)は「生徒や保護者より、むしろ教職員の方が気にしていると感じる」と報告した。
会場の男子学生が「男性だとして、生徒に心の壁を作られたことは?」と質問し、望月さんらは「そんな経験はあるが、壁は子供からの何かの合図」「関係の積み重ねで壁は消えた」と答えた。
集会を開いたのは「男性養護教諭友の会」。京都市の洛南高・同付属中で働く篠田大輔さん(41)らの呼びかけで、7年前に発足した。友の会会長の篠田さんは記者に言った。「仲間が増えて『男性養護教諭』という言葉がなくなってほしい」