(余録)知らない土地に行った時には… - 毎日新聞(2017年8月6日)

https://mainichi.jp/articles/20170806/ddm/001/070/196000c
http://archive.is/2017.08.06-060851/https://mainichi.jp/articles/20170806/ddm/001/070/196000c

知らない土地に行った時にはスマートフォンのナビ機能が役に立つ。自分がいる場所から目的地までどれほど時間がかかるのか。スマホの画面に浮かんだ経路を効率よくたどることができる。だが周りの風景には気づきにくい。
作家の池澤夏樹(いけざわ・なつき)さんはそれより国土地理院の地図が好きだ。日本列島を網羅する「20万分の1」の地図130枚を飽かずに眺めたことがあるという。「自分が一生のうちに行くはずがない土地がこんなに広いこと(略)、それが世界と自分の正しい比率であることをしみじみと覚(さと)った」(近著「知の仕事術」)
地図は過去と今を結びつけるものでもあるらしい。昨年公開されたアニメ映画「この世界の片隅に」の舞台、広島県呉市広島市。監督の片渕須直(かたぶち・すなお)さんらが作ったロケ地の地図を手に訪れる人が今も絶えない。
主人公の北條すずは広島市で生まれ、呉に嫁ぐ。戦争に翻弄(ほんろう)されながらも懸命に生きるすずや家族。片渕監督は現地を何度も訪れ、時代や風土を徹底的に調べて映像に生かした。
映画のラスト。すずは原爆で廃虚と化した広島で孤児と出会い、引き取って育て始める。絶望から立ち上がろうとする日本人の姿を想像せずにはいられない。
戦後72回目の原爆の日を迎えた。スマホではなく、地図を広げれば見えてくるかもしれない。広い世界の中で自分はどこにいるのか。世界で起きていることと昔の出来事がどうつながっているのか。そして「この世界の片隅に」すずのような人が今もいることに。