<年金プア 不安の中で>滞納で受給資格なく生活苦 治療できず手遅れに - 東京新聞(2017年8月3日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201708/CK2017080302000194.html
https://megalodon.jp/2017-0804-0922-56/www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201708/CK2017080302000194.html

受け取る年金が少ない「年金プア」の高齢者は日々、苦しいやりくりを強いられる。そうした中で重い病気にかかると、深刻な事態になりやすい。医療費がかさむことを懸念して受診を控え、病状の悪化が進んでしまうケースだ。皮膚がんの治療が遅れて今年春に亡くなった東海地方の女性の事例から考えてみた。 (白井康彦)
女性は昨年十月下旬、大学病院に救急搬送され、そのまま入院した。膝の下の部分が大きなこぶのように膨らんで何かに触れると激しく痛み、自ら救急車を呼んだという。がんの転移が進み、全身がだるく歩行も困難に。救急隊員に「どうしてここまで放っておいたのですか」と尋ねられたが、何も答えられなかった。
女性は平屋の古い借家で事実婚の夫と約三十年間暮らしていた。救急搬送されたときは女性が六十五歳、男性が六十四歳。男性によると、女性の体の異変は五年前に出始めた。膝の下の部分が膨らみ、こぶ状になっていた。
女性は診察してもらった病院で検査や入院を勧められたが、断った。経済状況が厳しかったからだ。運送関連の会社で運転手として働く男性と清掃員のアルバイトをしていた女性の収入は合わせて月二十数万円。女性の月収は六万〜七万円で、二人の支援者らは「働けなくなることを心配したようだ」と話す。その後、膝の下のこぶは徐々に大きくなったが、女性はこぶを覆い隠して仕事を続けた。
国民年金の受給は、原則は六十五歳からだが、希望すれば六十歳からの繰り上げ受給も可能だ。しかし、二人は国民年金の保険料の滞納期間が長く、受給資格はいずれもなかった。
五十代後半まで建設関係の「一人親方」として働いていた男性と、ホテルの清掃などアルバイト勤務が長い女性。収入が少なく長年、年金保険料を支払えなかったという。年金受給に必要な加入期間は八月、二十五年から十年に短縮されたが、男性は「それでも受給資格は得られない」と話す。
女性の病状は徐々に悪化し、二〇一五年冬には働けなくなった。歩くのにも支障が出るようになったが、それでも、女性が病院へ行くことはなかった。
女性は国民健康保険の保険料も滞納していたため、公的医療保険も受けられなかった。一時期は滞納分の分割返済を進めていたが、仕事をやめた後、返済できなくなったのだ。持っていた保険証は、自治体が国保料の滞納者向けに発行する「短期被保険者証」に切り替えられ、その有効期間も過ぎていたという。
入院して間もなく手術を受けた女性は、知人女性らの助けで生活保護を受給。女性は医療費負担の心配をしなくてすむようになった。しかし、もう時は既に遅かった。病状は進行し、それから半年もたたない今年四月、女性は入院先の病院で息を引き取った。

◆「受診控え」全国で多発
経済的な理由で治療が遅れて死亡した事例の調査報告を毎年、全日本民主医療機関連合会(民医連、東京都文京区)が発表している。二〇一六年分の事例数は五十八。民医連に加盟している医療機関だけを対象にした調査なので、現実の氷山の一角にすぎないが、こうした事例の傾向は分かる。
 死亡原因は、がんがトップで全体の約七割。死亡した人の雇用形態は、無職(45%)、年金受給者(22%)、非正規雇用(21%)の順に多い。国民健康保険の保険料を滞納し、医療保険をスムーズに受けられなかったケースが大半だ。
 年金受給者は受給額が少ない事例が目立ち、民医連国民運動部は「受給額が低いため、病院での受診を控えることが、治療が手遅れになる要因の一つになっている」と指摘する。