(筆洗) - 東京新聞(2017年8月4日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017080402000135.html
https://megalodon.jp/2017-0804-0921-23/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017080402000135.html

こういう川柳がある。<放言をせぬ大臣の名を忘れ>。きのうきょうの新聞の川柳欄に載っていそうな傑作だが、実は半世紀以上も前に詠まれた句。今も昔も、とため息が出る。
それにしても放言、暴言に不祥事に疑惑…そういうことでしか名を覚えてもらえぬような大臣が、何と多いことか。あまりにも多すぎて、最近は<放言をした大臣の名も忘れ>と詠みたくなるほどだ。
そんな大臣は一掃して…ということなのか。内閣を改造した安倍首相は、「結果本位の仕事人内閣だ」と胸を張り、「信頼回復に向けて一歩一歩努力を重ねていく」と言っていたが、まず自ら踏み出すべき「一歩」は、臨時国会の召集だろう。
国民の信頼を回復するためには、政権を揺るがす加計学園をめぐる疑惑を国会で究明していくことが不可欠だ。だが、野党が憲法の規定に基づいて臨時国会の召集を求めて一カ月以上たつのに、きのうの記者会見でも早期の召集を明言しなかった。
疑惑をめぐって国会で、ごまかしの答弁を繰り返した地方創生担当相らは内閣改造で交代させられたが、大臣の顔触れを変えただけで疑惑解明に努めぬのなら、それこそ「印象操作」だ。
きのう首相官邸には、新入閣の誇らしげな笑顔が並んだ。新大臣たちは、半世紀以上も前に詠まれたこんな川柳もあることを、お忘れなく。<辞めたのでそんな大臣いたと知れ>