(余録)「父母に孝順に… - 毎日新聞(2017年8月1日)

https://mainichi.jp/articles/20170801/ddm/001/070/161000c
http://archive.is/2017.08.01-001826/https://mainichi.jp/articles/20170801/ddm/001/070/161000c

「父母に孝順に/郷党と和睦し/長上を尊敬し/子孫を教訓し/各々(おのおの)生理に安んじ/非違をなすなかれ」。この「生理」は生業のことだが、何か雰囲気が似た文章を思い浮かべないか。これはある皇帝の勅語だ。
皇帝とは中国の明の始祖・洪武帝(こうぶてい)で、帝は自ら「六諭(りくゆ)」と呼ばれたこの勅語をつくり、毎月2回は民衆に唱えさせたという。中国の民衆の間に古くから伝わる徳目を斉唱させることで、自らを道徳の最高権威に仕立て上げたわけである。
雰囲気が似るのも当然で、戦前日本の教育勅語もこの六諭の影響を受けたものだった(岡田英弘(おかだ・ひでひろ)ほか著「紫禁(しきん)城(じょう)の栄光」)。その教育勅語を斉唱させる幼児教育を推進した人物が受け取った多額の補助金と国有地の格安入手だった。
むろん大阪地検森友学園・前理事長夫妻に対する捜査の話である。地検は詐欺の疑いで籠池泰典(かごいけ・やすのり)容疑者と妻の諄子(じゅんこ)容疑者を逮捕した。新設の小学校の工事費を高く偽った契約書を提出し、国の補助金を不正に受けていた容疑という。
この捜査を政権のトカゲのしっぽ切りだと言い立てて、「国策捜査」と難じてきた夫妻である。逮捕前には国有地売却時に近畿財務局から価格の打診があったとの暴露発言も飛び出た。取り調べに一体どんな供述がなされるのだろう。
それなりの手練手管(てれんてくだ)はあったにせよ、補助金の不正受給やら、国有地の格安取得やらがこんなにやすやすとできるものなのか。誰しもいぶかしく思うところだが、これも勅語斉唱の政治的威力のおかげか。

紫禁城の栄光―明・清全史 (講談社学術文庫)

紫禁城の栄光―明・清全史 (講談社学術文庫)