相模原事件から1年 社会の尺度を柔らかく - 東京新聞(2017年7月27日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017072702000147.html
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十九人が犠牲になった相模原市の障害者殺傷事件から一年。障害者排除の風潮は依然、根強く漂う。人間を線引きしない社会へ、問い続けねばならない。
先ごろ、車いすでの飛行機の乗り降りが論議を呼んだ。
鹿児島県の奄美空港で、格安航空会社バニラ・エアを利用した大阪府内の木島英登さんが、タラップの階段を腕の力ではい上がった件である。高校時代にラグビーの練習中に脊髄を傷め、車いす生活を送っている。

◆断られた車いす
往路の関西国際空港で、バニラ・エアは、奄美空港には車いすの昇降設備はなく「歩けない人は乗れない」と説明した。木島さんは「同行者に手伝いを請う」と伝え、奄美に着くと、同行者が車いすごと担いでタラップを下りた。
ところが、復路では車いすを担いだり、背負ったり、抱きかかえたりしては危険として制止された。結局、木島さんは階段を背にしてはって上がったのだった。
バニラ・エア奄美発着便について、手助けされても歩行できない障害者の利用を断っていた。
奄美には車いす利用者向けの装備がすぐに導入された。だが、木島さんの訴えは「歩けないことを理由に搭乗を拒否しないでほしい」ということだ。
設備を整える、介助するといった配慮が欠けていたことを責め立てているわけではない。心身の機能不全を問題視し、社会から締め出そうとする発想そのものを差別と難じるのである。
経済効率を優先する資本の論理は、マイノリティーの多様性の尊重とはなじみにくい。費用対効果を徹底追求する態度は、ややもすると異質な人々の疎外に結びつく危うさをはらんでいる。
それが極端な形で表れたのが相模原事件ではなかったか。もちろん、結果の著しい重大性をみれば、同列には論じられない。

◆経済性優先の社会
とはいえ、障害者に向き合う態度は、もしかすると本質的には同心円上にあるのではないか。そうも感じられてならない。
最近の本紙への手紙で、植松聖被告は「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだ」と、相変わらずの差別思想を披歴した。
その根拠について、自ら考える幸福とは「お金と時間」と述べたうえで、意思疎通が図れない重度障害者を育てるのは「莫大(ばくだい)なお金と時間を失う」と説くのである。
重度障害者を「幸せを奪い、不幸をばらまく存在」ととらえ、その抹殺こそが日本の政治経済への貢献になると信じて疑わない。
知的障害者の入所施設に勤めるうちに、植松被告はゆがんだ思想に取りつかれた。戦後最悪の凶行を後押しした命の選別思想は、しかし、ちまたにあふれている。
ネットの世界をのぞくと、障害者のみならず、高齢者、ニートや引きこもり、生活保護世帯といった弱い立場に置かれた人々への誹謗(ひぼう)中傷がすさまじい。
社会の根底には、もしかしたら植松被告と同じような考えが潜んでいるのではないか。
他方、例えば、二年前に厚生労働省研究班が十二歳以上のダウン症当事者に実施したアンケートには、ほっとさせられる。「毎日幸せに思うことが多いか」との問いに、九割以上が「はい」「ほとんどそう思う」と答えている。
家族や周囲の深い愛情、熱心な支援のたまものだろう。かけがえのない存在を守り、育てるために「お金と時間」を費やす。それこそが社会の維持、発展につながる。
東京都内の海老原宏美さんの言葉を借りてみたい。脊髄性筋萎縮症を患い、人工呼吸器に頼りながら暮らす重度障害者だ。
いわく、縄文杉はただの木でしかないのに、富士山は盛り上がった土の塊にすぎないのに、人々は感動する。それは人々の心に、価値を創造し、また発見する力が備わっているから。木や土に価値を見いだす人間が、人間自身に価値を見いだせないはずはない、と。
多様なマイノリティー、社会的少数派との共生のためには、社会標準とされる既成の物差しを絶えず柔軟に見直さねばならないだろう。障害者や病者の増加を避けられない高齢化、長寿命化の現実をみても、待ったなしである。

◆「人間存在」見る力
そして、その要請は社会の仕組みだけにとどまらない。
競争と敗者の切り捨てを繰り返してきた末に、政治経済に役立つ「お金と時間」という尺度でしか幸せを味わえない植松被告が立ち現れたのではないか。その幸福観は説得力を帯びかねないところに恐ろしさがある。
障害はもちろん、学力や稼働能力、財力の有無にかかわらず、人間存在そのものを見つめる力。それが私たちには問われている。