(筆洗)「こんな人たちに負けるわけにはいかない」。首相の先の演説での発言である。 - 東京新聞(2017年7月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017070502000138.html
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目の前にいる人が「このコラムは…」と言い出したとする。続く言葉は「おもしろい」であることを願うが、「ひどいね」かもしれぬ。その言い出しではどっちか分からない。「こんなコラムは…」と言い出した場合は、顔を赤くし、身を縮めるしかない。その言葉に続くのは「読みたくない」とか「いやだね」という批判である。
指示語のこれ、あれ、それ、どれ。なにかを指し示しているだけでそこには判断も感情も含まれないのだが、形容動詞の「こんな」「そんな」「あんな」になると話はやや違ってくる。
「こんなことも分からないのか」「そんなばかな」。「こんな女に誰がした」(「星の流れに」)。なぜか、否定の評価や嫌い、気に入らぬという意味や感情が強くなる。
「こんな人たちに負けるわけにはいかない」。首相の先の演説での発言である。「帰れ」「やめろ」と首相を批判する聴衆にそう叫んだ言葉が頭を離れぬのは「こんな」の冷たさのせいだろう。
批判に腹が立ったか。それでもすべての国民を守るべき首相が反対派であろうと国民に向かい、悪意のこもる「こんな人たち」を使った。それが寂しい。
異論に首相が取り組むべきは説得であり、少しでも理解を得ること。「こんな」と呼ぶことは相手にせぬと切り捨てるに等しいだろう。「こんな」と悲しみ、「そんな」と嘆き、「あんな」と驚く。