都議選の「安倍やめろ!」は尋常ではなかった 選挙戦最終日、安倍首相の目の前で大逆風(安積 明子さん) - 東洋経済オンライン(2017年7月2日)

http://toyokeizai.net/articles/-/178858

政権を奪還した2012年の衆議院選での成功体験が根強く残っているのだろう。自民党がそれ以降の選挙戦最終日の「マイク納め」に選ぶ場所は、秋葉原駅前と決まっている。その“聖地”で7月1日には午後4時から、千代田区から都議選に出馬している自民党が公認する中村彩候補の街宣が行われた。
それにしてもすごい人だ。秋葉原駅の電気街口を出ると、すでにたくさんの人が集まっていた。安倍晋三首相が参加するためだろうが、国政選挙に近い動員ぶりだ。
「安倍やめろ!」コール
ところが今回は、一部で異変が起こっている。当初から「安倍やめろ」のコールが沸き起こっていたのだ。
中心となっていたのは一部の集団だったようだが、街宣が始まるとともにコールは広がりを見せ、通行用のスペースを隔てた場所で演説を見ていた人まで「安倍やめろ」と口ずさむ有様だった。
そうした批判の声がとりわけ大きくなったのは、石原伸晃経済財政政策担当大臣が話し始めた時だった。
「せっかく安倍総理総裁の話を聞きにお集まりいただいているのに、一部の人たちがこのように演説自体を邪魔する。こういうことを惹起させてしまったのは、やはり権力・政権をお預かりしている私どもの頭の中に皆さまの声に耳を傾けない、あぐらをかいていたからだ」
石原大臣の発言には自民党の反省の言葉も含まれていたにもかかわらず、喋り始めるとすぐに大きなブーイングが飛んでいる。と同時に、「帰れ」コールも沸き起こっている。その途中で安倍首相が到着して街宣車に上がったが、批判の声はさらに高まった。
石原大臣が批判されるのは、昨年まで自民党東京都連会長を務めていたからだろう。当時の幹事長は内田茂氏で、都議を引退し中村氏に千代田区選挙区を譲っている。石原大臣と内田氏はいわば、小池百合子都知事と対立した「悪の自民党東京都連のシンボル」とされてきた。
ところが内田氏が演説した時は、不思議と野次が大人しくなっている。おそらく都議選の終盤になって、争点が都政から国政に移ったということだろう。
2012年12月のムードにそっくり
それにしても安倍首相や石原大臣に向けられた怒りはまるで、2012年12月の衆院選民主党(現在の民進党)に向けられた憎悪のようだった。当時も民主党の候補が演説するところに批判の言葉を投げかける人たちが現れた。「民主党政権がなくなりますように」と女性が手に数珠をかけて祈るイラストを描いたプラカードを掲げる人もいた。
その時よりも今回の方が過激かもしれない。安倍首相の演説が始まると、何人も中指を立て、また親指を下げている。中には昭恵夫人の顔のイラストに「嘘」と書いたプラカードを掲げる人もいた。
昭恵夫人は「私人」とされ、都議選とも直接関係あるとはいえない。だが安倍夫妻との個人的関与が問題とされた森友学園問題や加計学園問題は、稲田朋美防衛大臣など閣僚の不祥事とともに都議選の大きな論点となっていた。
しかもこうしたプラカードを持った何人かは、自民党が配布した日の丸をも持って振っていた。「左翼」と分類しきれない人たちが「反安倍行動」に参加していたということになる。
ではこの逆風の下で、自民党はどのくらいの議席を獲得できるのか。自民党がこれまで都議選で得た最低議席数は2009年の38議席で、これを割れば責任問題が出てくるとされていた。
すでに官邸は「35議席割れも覚悟した」と伝わっているが、さらに獲得議席数が下回るという見方もある。そうなればもはや「都議選は地方選にすぎない」という言い訳が通用しなくなっている異常な状態だ。
「ここに来る前に自宅近くで自民党候補の街宣を見てきたけど、応援のマイクを持った人が『国政が悪いんです。安倍首相が悪いんです』と言っていた」
秋葉原で会った筆者の知り合いの記者は、落選が予想されて、自民党候補がやぶれかぶれになっている様子を教えてくれた。
実際に、当初は当選圏内にいると見られていた自民党候補のうち、かなりの数が当落線上に落ちてきている。そしてその多くは、最後の1議席共産党候補と争っているというデータがある。
「安倍首相は国政の私物化がひどい。友だちの友だちによる友だちのための政治だ。これをやめさせようではありませんか」
共産党志位和夫委員長は午後7時半、池袋駅東口で共産党候補への支持を訴えたが、その演説の内容のほとんどは国政に関わるものだった。
民進党森友学園問題や加計学園問題を争点に
民進党も、都議選の争点の中に森友学園問題や加計学園問題を盛り込んだ。6月28日夕方、有楽町駅前で野田佳彦幹事長と安住淳代表代行が演説を行い、安倍政権を批判した。
「本当に安全保障を考えるなら、ああいう人(稲田大臣)を大臣にしたらいけないと思う。なぜ大臣にしたか。それは安倍首相が稲田さんを防衛大臣にすれば、(それまで唯一の女性の防衛大臣だった)小池さんに威張られなくてすむと思ったからではないか」(安住代表代行)
「萩生田さんは2009年の選挙で負けている。その時に加計学園千葉科学大学客員教授になって毎月10万円ずつ給与をもらっていた。3年で300万円以上になる。私も落選したことがあるが、1万円でももらっていたら、その恩は一生忘れない。毎月10万円、何百万円ももらっていて、その恩を忘れるはずがない。まさに官邸ぐるみ、加計ありきで行政が私物化された」(野田幹事長)
演説開始直後は人も少なく、大声を出して邪魔をする男性もいた。それでも演説が進むにつれ聴衆の数は増え、それまで邪魔をしていた男性も聞き入っていた。しかし民進党自民党の受け皿になるまで、まだ先は長いようだ。
その一方で共産党は勢いを見せている。「現有の17議席にさらに積み増したい」。7月1日のマイク納めの後、記者のぶら下がりで志位委員長は言葉こそ控えめにこう述べたが、その顔には自信が表れていた。その証拠に、共産党自民党から逃げた票の受け皿になりつつあるのだ。小池ブームに乗って高い投票率も期待でき、共産党にとってさらに有利な状況になるかもしれない。こうした状況に自民党は戦々恐々としており、党内ではポスト安倍を狙った戦いも始まりつつある。
都議選の結果を受けた夏以降の政局はどうなるのか。安倍首相は、内閣改造によって逆風を乗り越えられるだけの勢いを保っているだろうか。ひょっとして「カウントダウン」はすでに始まっているのかもしれない。