(余録)不思議な光景だった… - 毎日新聞(2017年6月18日)

https://mainichi.jp/articles/20170618/ddm/001/070/173000c
http://archive.is/2017.06.18-103430/https://mainichi.jp/articles/20170618/ddm/001/070/173000c

不思議な光景だった。一国の首脳同士とは思えない振る舞いに出た。1984年9月22日、フランス北東部ベルダンにある軍人墓地。小雨が降る中、納骨堂の前で当時のミッテラン仏大統領とコール西独首相は突然、手をとりあった。
見慣れた握手ではない。型どおりの抱擁とも違う。まるで子どものように手をつなぎ前を見据え、2度の大戦による両国の犠牲者に祈りをささげた。予定にない行動だった。
一方の当事者だったコール氏が16日、87歳で亡くなった。ミッテラン氏はすでにこの世にない。かつての激戦地での、あの印象的な瞬間から欧州の新しい動きが始まったと言われる。
ベルリンの壁崩壊後、コール首相は東西ドイツの統一に意欲を燃やした。だが、英国をはじめ「強大なドイツ復活」への警戒感はなかなか拭えなかった。その後の単一通貨ユーロ導入では、フランスなどの積極論に対してドイツ国内には「強いマルクを失う」と疑問が渦巻いた。
いずれの大事業も反対を説き伏せ実現できたのは、独仏首脳が手をつないだ「ベルダンの和解」がもたらした力によるものかもしれない。コール氏は96年のミッテラン氏の葬儀で、人目をはばからずに涙を流した。
手をつないだまま直立不動の2人の写真は、両国の共通歴史教科書の表紙を飾る。改めて見ると、コール氏の右手とミッテラン氏の左手はきつく結ばれている。和解や相互理解が、過去の傷をいやし現在の溝を埋めるだけではなく、未来の扉を開くと教えている。