(余録)人を説き伏せようという弁論の一つに… - 毎日新聞(2017年5月25日)

https://mainichi.jp/articles/20170525/ddm/001/070/168000c
http://archive.is/2017.05.25-001720/https://mainichi.jp/articles/20170525/ddm/001/070/168000c

人を説き伏せようという弁論の一つに「すべりやすい坂」論法というのがある。もしも最初の歯止めを失えば、事態は坂をすべり落ちるように極端な行動を次々に誘発し、重大な破綻(はたん)を招くという論法である。
抑止を怠れば相手は歯止めなく勢力を拡大するというドミノ理論もその一つだが、その多くは詭弁(きべん)である。「共謀罪」改め「テロ等準備罪」新設の推進論者は、捜査当局による乱用を心配する反対論もその一種とみなしているようだ。
これに対して実際に坂のすべりやすいことを、戦前の経験から主張してきた反対論である。制定時の内相が「最も極端なる者を取り締まる」と答弁した治安維持法の言論一般への抑圧を振り返れば、急坂に油が流れる図も思い浮かぶ。
テロ等準備罪を設ける組織犯罪処罰法改正案が衆院を通過し、来週から参院の審議に入る。それならば衆院の審議で野党のいうすべりやすい坂論は詭弁だと論破されたのか。むしろ明らかになったのは政府の説明のあいまいさだろう。
対象を「組織的犯罪集団」に限定し、重大犯罪の「計画」と「実行準備行為」を要件とすることで危ない坂を否定した政府である。だがそのどれもが事実上は捜査権乱用を防ぐ歯止めにならない可能性を示した衆院の政府答弁だった。
戦前のような権力乱用はそう容易に国民が許すまい今日だが、すべりやすい坂は階段にしてすべり止めをつけるぐらいの算段はいつの世も必要である。第2院としての存在意義が試されている参院の熟議だ。