「共謀罪」通れば堂々監視 岐阜県警個人情報収集問題から考える - 毎日新聞(2017年5月17日)

https://mainichi.jp/articles/20170517/dde/012/010/012000c?inb=ys
http://archive.is/2017.05.19-105646/https://mainichi.jp/articles/20170517/dde/012/010/012000c?inb=ys

捜査機関が常時、国民の動静を監視する「監視社会」になることはない−−。安倍晋三首相は「共謀罪」法案についてこう説明し、国民の不安を払拭(ふっしょく)しようとしている。だが、「ない」と言い切れるのか。約3年前に発覚した岐阜県警大垣署による個人情報収集問題を例に考えた。【庄司哲也】

運動歴から行動臆測/正当化の法的根拠に
共謀罪が導入されるとどうなるか。それを先取りしているのがこの問題です」。大垣署の「監視」対象だった当事者の一人、近藤ゆり子さんはそう話す。一体どのような問題なのか。経緯を振り返ろう。
中部電力の子会社シーテック名古屋市)が岐阜県大垣市などに計画する風力発電施設建設計画をめぐり、住民の動向などの個人情報を大垣署が収集し、同社に漏らしていたことが2014年7月、新聞報道で明るみに出た。同社は同署との「意見交換」の内容を議事録にまとめていたため、住民らは名古屋地裁に証拠保全を申し立て、議事録を入手。そこには、目を疑うようなやりとりが記載されていた。

大垣市内に自然破壊につながることは敏感に反対する『近藤ゆり子氏』という人物がいるが、ご存じか。本人は、60歳を過ぎているが東京大学を中退しており、頭もいいし、しゃべりも上手であるから、このような人物とつながると、やっかいになると思われる>
議事録によると、意見交換は同署が持ちかけて行われていた。近藤さんはダム建設の反対運動や反原発運動に関わったことはあるが、意見交換が行われた時点では風力発電施設の建設計画について全く知らなかったという。
同署による情報提供には、住民の勉強会に関するこんな記述もあった。

<勉強会の主催者である松島氏が風力発電にかかわらず、自然に手を入れる行為自体に反対する人物であることをご存じか>
ここで名指しされた「松島氏」とは、同市上鍛治屋地区の傳香寺住職、松島勢至(せいし)さんだ。「勉強会」は松島さんと地元の自治会長が、低周波音による健康被害や環境への影響の有無などを不安視して開催した。「かつてゴルフ場造成の反対運動を行ったことが問題視されたようだ。といってもそれは30年も前のこと。この間、ずっと警察から目をつけられていたのだろうか」。松島さんはあきれ顔で話す。
同社は風力発電施設の建設にこぎつけるための戦略として、<周囲を固めることにより、上鍛治屋地区を孤立化させる>と議事録に記載。これに対する同署の反応は<了解した>。近藤さんは「地域コミュニティーの核になる寺の住職と自治会長を敵視して、警察が地域の『孤立化』に手を貸そうとした。さらには、警察が収集した情報を一方の当事者である私企業に住民運動つぶしのために提供している」と批判する。
入手した議事録は13年8月から14年6月までの計4回分だ。「病歴」「学歴」などの個人情報も含まれており、近藤さんや松島さんら住民4人は容疑者を特定しないまま地方公務員法守秘義務)違反容疑で岐阜地検に告発したが不起訴になった。
住民4人は昨年12月、プライバシーが侵害されたなどとして、県に計440万円の支払いを求める訴訟を岐阜地裁に起こした。訴えられた岐阜県側は今年3月の第1回口頭弁論で「意見交換」した事実を認める一方、情報収集活動の具体的な内容については認否を明らかにしなかった。その理由は答弁書にこう書かれている。「(警察が)公共の安全と秩序の維持、犯罪の予防鎮圧を目的として情報収集活動を行うこともその責務である」「どのような情報を、いつ、どのように収集し、保管しているか、といったことが明らかになれば、今後の情報収集活動自体の遂行が困難になる」
つまり、特定の人が犯罪を行うであろうと勝手に推測し、事前に監視することを正当化しているようにみえる。共謀罪の適用対象を巡り、金田勝年法相は衆院本会議で「自然環境や景観の保護などを主張する団体は正当な目的にあると考えられ、組織的犯罪集団にあたることはなく、座り込みを計画したとしても処罰の対象となることはない」と答弁しているが、なるほど、「処罰」まではしないが、「情報収集」はするということか。
一方、北海道警の裏金問題を告発した元道警釧路方面本部長(警視長)の原田宏二さんは「大垣の場合のように従来行われていた情報収集活動にお墨付きを与えるのが共謀罪といっていい。一般市民が対象となることは当然過ぎるほどです」と一笑に付す。特にテロ・警備などを担当する公安警察の場合、情報収集が重要であり、その手段として共謀罪を使うと考えられるからだ。
「14年10月に警視庁公安部は過激派組織『イスラム国』(IS)に参加しようとした北海道大の学生の関係先として、私戦予備および陰謀の疑いでジャーナリストの自宅を家宅捜索し、パソコンなどの機材を押収した。だが、その後、立件や送検したという発表は目にしていない。捜査対象が組織的犯罪集団なのかどうかはメンバーを調べてから判明するのであり、最初から分かるとは限らない。当然、一般市民も監視対象となり得る」と原田さん。
住民4人が起こした訴訟の弁護士、岡本浩明さんは「大垣市で起きた問題は、警察が市民を監視対象とし、その個人情報や活動に関する情報を収集、管理して第三者に提供したというものです。そのような活動を正当化する法令は『ない』と訴状に盛り込みましたが、共謀罪が成立すれば、このような市民監視に法的根拠を与えてしまうのです」と危険性を強調する。
そして近藤さんは、こんな懸念を示した。「『審議を30時間したからそれで終わり』で果たしてよいのか。むしろ、数の力で押し切る強権的な政治こそ、民主主義が機能しなくなり、テロのポテンシャル(潜在的な能力)を高めることにつながりはしないか」と。
ベトナム戦争など米国の「過ち」を告発し続けるオリバー・ストーン監督。米政府が秘密裏に構築した監視プログラムの存在を暴露し、世界に衝撃を与えた米国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデン氏の実像に迫った映画「スノーデン」では、監視対象者の友人らのメーリングリストソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)をのぞき見る様子が描かれる。メールなどのつながりをたどれば、ネットの空間上では膨大な数になり、「最初の標的から3人目になると(監視した相手は)250万人にもなる」とスノーデン氏を演じる主人公が告白する。そして、このセリフが特に印象に残った。「テロは口実で(監視は)政府の覇権のためだった」
まるで、今の日本に向けられているようではないか。