報道機関はファクトで武装し戦え 新谷・週刊文春編集長 - 朝日新聞(2017年4月24日)

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■(1強・第2部)パノプティコンの住人:5
安倍晋三首相による「1強」。その支配に組み込まれているパノプティコンの住人には、政治報道に携わる我々メディアも含まれているのではないか。そんな問題意識から、昨年、「政治とカネ」の問題などで特ダネを連発し、「文春砲」という流行語を生んだ週刊文春の新谷学編集長に、1強下のメディアについて聞いた。
――安倍政権の支持率が5割台を維持しています。森友問題が首相を直撃しても、影響は今のところ限定的で、かえって「1強」を印象づけています。この政治状況と世論をどう見ていますか。
それは極めてわかりやすい話で、安倍首相の代わりがいないからです。1強のおごりや慢心は国会質疑や人事に出ていて、国民には「脇を締めてもらわないと困る」という思いはある。だけど国際情勢が不安定な中、安倍政権に倒れてほしいとは思っていないということでしょう。
――国民は政治のスキャンダルそのものに関心を失ったわけではないということですか。
昨年1月に甘利明・前TPP担当相の金銭授受疑惑をスクープし、辞任された時も「説明責任を果たしていない」という批判の声は上がりましたが、ただちに安倍首相の支持率低下には向かわなかった。長年、政治家のスキャンダルを報じてきましたが、盛り上がるかどうかは多分に政治家のキャラクターによる。分かりやすい分かれ目はワイドショーが取り上げるかどうか。だからといって、我々は盛り上がらなそうな政治家であっても報じるべき事実は報じます。
――それが「1強」に対するスタンスであると。
2012年に編集長になって以降、現場の記者には「あなたたちの使命はスクープを取ることだ」と言い続けています。安倍政権に「親」でも「反」でもなく、書くべきことは書く。森友学園の問題でおかしいと思えば、厳しく書く。
甘利問題では、首相官邸中枢から直接「時期が悪い。TPPの調印だけは行かせてあげたい。金銭を渡した方も筋が悪い」と言われたが、「そんな相手から受け取った方が悪いのでは」と突っぱねた。この件で私と距離を置く官邸の人もいました。だけど、報じるべきファクト(事実)があるのに「書かない」という選択肢はない。私たちは「安倍批判しかしない」敵対メディアでもないが、当然ながら「安倍政権の応援団」でもないのです。
――官邸中枢からの電話となると、権力側の圧力とは感じませんか。
結果的に私は要請を拒否したわけで、圧力をかけられたとは感じていません。むしろ1強政権を前に、新聞やテレビの側が自主規制や事なかれ主義に流されているのではないか。
――自主規制ですか。
高市早苗総務相が放送局に「電波停止」を命じる可能性に言及した直後に、テレビ局の幹部と会うたびに「テレビにいたら作りたい番組がある」と言いました。どこまでやったら電波が止まるか、視聴者が毎週ハラハラしながら見る「停波にチャレンジ」。幹部は全員、「できるわけない」と苦笑いしていた。もちろん冗談半分の話ですが、権力に対してメディアは明るいアナーキズムをもっていた方が世の中の風通しはよくなると思います。
――テレビ局以外はどうですか
この前、朝日新聞ではない、ある報道機関の社会部長と食事をした時に、その社内では相手から記事に抗議する内容証明郵便が来るだけで、その記事を書いた記者を問題視する傾向があるという。「裁判に負けたら、自腹で払え」という言葉が出てくる空気が社内にあるのだそうです。それでは、誰もリスクを負って政治家のスキャンダルを追うことはできません。
これまで政治家側は一貫して司法に「名誉毀損(きそん)の賠償額が安すぎる」と主張してきました。実際に賠償額はずいぶん引き上げられたし、何より名誉毀損で訴えられた場合の立証のハードルが確実に上がっています。もちろん裁判では負けたくない。記事の根幹部分が認められても、賠償額が100万円でもつき、新聞で「週刊文春が敗訴」と書かれると、「文春砲とか言って調子に乗っている。いい加減なことを書きやがって」と思われる。悔しいけど、負けながら勝ち方を覚えるしかないのです。十分な準備をすることが大前提ですが、訴訟リスクを恐れてはいけない。
――メディアの分断も指摘されています。
安倍首相は良くも悪くもピュアな人という印象。1次政権のころは、味方のメディアと敵のメディアをきれいに色分けしていました。最近、産経新聞は、首相がトランプ米大統領と会った際に「朝日新聞に勝った」と言ったと報じています。首相はトランプ的なものに引っ張られているのか、再びメディアを切り分けているように見える。むしろ朝日新聞毎日新聞東京新聞を味方にしようというしたたかさがあると、メディアからすればもっと手ごわいと思います。
――メディアの側にも覚悟が問われますね。
首相が理念型の政治家なので、メディアも鮮烈に親安倍と反安倍に分かれる。産経の愛読者と朝日の愛読者の間では議論も交わされず、批判し合うだけで、読者は見たい事実しか見ず、建設的な議論も行われないのではないか。
その一方で、横並び的な紙面作りは昔と変わっていない。政府の発表したものを報じる発表ジャーナリズムがむしろ強まっている気がします。そうすると、こんなにたくさんの新聞が必要なのかと思ってしまう。独自性を求めて「今のままの安倍政権じゃ駄目だ」と、大取材班を組んで、大きな話から小さな話までファクトを掘り起こし、徹底的に調査報道をする新聞があってもいいのでは。
――やはりファクトで勝負すべきだと。
本来、ファクトで武装して戦うのが報道機関ですが、朝日には「ファクトより論」の傾向を感じます。安倍首相を批判する上で、靖国神社の問題とか沖縄の問題とか、言い方は失礼かも知れませんが、旧態依然とした印象。同じ歌を歌い続けても、その歌が好きな人は聞きに来るが、嫌いな人は来ない。書かれる安倍首相にも「また、いつもの歌だな」と聞き流されてしまう。
朝日も安倍政権を批判するなら、安倍首相がぐうの音も出ないようなスクープを出せばいい。朝日が特報した森友学園の問題はまさにそれだと思います。(聞き手・藤原慎一

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しんたに・まなぶ 1964年生まれ。東京都出身。早大卒業後、89年に文芸春秋に入社。「Number」「マルコポーロ」、月刊「文芸春秋」編集部などを経て2012年から現職。近著に「『週刊文春』編集長の仕事術」(ダイヤモンド社)。

■気付いたら「1強」管理下
沈黙する自民党、操られる「責任野党」、自ら閉じこもる官僚。政治の現場に集う人たちが、活力を失っている。そう感じたことが、この連載の取材を始めたきっかけだ。
政治家や官僚は、いつの間にか、「1強」のもとで管理・統制システムに組み込まれているようだ。この難解なタイトルには、安倍晋三首相ら官邸を恐れ、忖度(そんたく)し、行動する、あるいは諦める、そういう人たちというニュアンスを込めた。
彼らの息苦しさは、取材でひしひしと感じている。だが、匿名だらけの政治報道では実相が伝わらず、私たち自身も「住人」ではないかとの批判を免れない。できる限り実名で、具体的な事実を重ねることに主眼を置いた。新谷さんの「ファクトで武装して戦うのが報道機関」という言葉には、改めて重みを感じている。(蔵前勝久)

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第2部はこれで終わります。第3部は地方で何が起きているかに迫ります。