(筆洗)鼻をごまかされず、社会の不備という「真犯人」を捕まえなければならぬ。 - 東京新聞(2017年4月11日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017041102000142.html
http://megalodon.jp/2017-0411-1028-36/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017041102000142.html

英語のレッドヘリングとはもともと「ニシンの薫製」のことだが、推理小説の専門用語としても使われる。なんのことか推理、願いたい。
真犯人は誰か。作家としては読者にあっさり見破られるわけにはいかない。そこで真犯人とは別の怪しい人物を登場させ、読者の目をそらす。この手法がレッドヘリングである。ニシンの薫製は臭いがきつく、猟犬の鼻をごまかすことに由来するそうだ。
犯人に思える人物は犯人ではなく、犯人とは思えぬ人物が犯人。ミステリーの女王アガサ・クリスティの作品にはこの手のレッドヘリングがよく使われる。
被疑者とは思えぬ人物といえば、被害者の血を分け、生活をともにする親族や、配偶者をまず除外したいところだが、現実は残念ながらそうではない。殺人事件の半数が被疑者と被害者の関係が親族である。もはや親、子は「犯人とは思えぬ人物」とは言い切れぬ時代かもしれぬ。
警察庁のまとめによると二〇一四年に全国の警察が摘発した親族間の殺人事件や傷害致死事件などのうち、「父母」が被害者となったのは約三割。子が介護に疲れてというケースを想像する。
「将来を悲観」。最も多い動機という。特別養護老人ホームへの入居の困難さなど介護をめぐる状況は厳しい。悲劇の背景の一つでもあろう。鼻をごまかされず、社会の不備という「真犯人」を捕まえなければならぬ。