<消えた有権者> (上)国も把握できぬデータ - 東京新聞(2017年4月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201704/CK2017040502000201.html
http://megalodon.jp/2017-0406-0907-24/www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201704/CK2017040502000201.html


◆80歳以上で200万人強?
介護を受けるようになるなどで、一体、どれくらいの人たちが政治に参加できなくなっているのだろう。介護など多くの高齢者がかかわる問題は国の重要課題なのに、当事者の声を聞かずによいものか。いま一度考えたい。(三浦耕喜)
きっかけは、隔週水曜日に掲載している本紙の連載コラムで、二月一日付の「生活部記者の両親ダブル介護」への反響だった。投票には欠かさず行く人だったのに私の母(81)は認知症で、父(80)は煩雑な手続きに対するためらいで、いずれも投票できなかった話だ。
「まったく同感。私の母もそうですから」と語るのは、埼玉県春日部市の女性(66)。九十歳の母親は新潟市グループホームで暮らす。認知症で要介護3。月に一度、母と空き家になった実家の様子を見に通う。
ある時、実家に昨年十月に投開票された新潟県知事選の通知が届いていたことに気付く。東京電力柏崎刈羽原発の再稼働が争点だった。だが、時すでに遅し。「社会への関心も高かった母です。分かっていれば、絶対に投票に行っていたでしょう」
厚生労働省によると、要介護(要支援)認定を受けた人は六百万人超。その人たちの参政権をどう守るか。選挙制度を所管する総務省も重視し、有識者会議で議論する。会議の概要は資料と共に公開されている。まずは現状を知るのが重要だ。介護認定者の何パーセントが投票できているのか。識者が集まる会議だ。データがあるに違いない。全資料に目を通す。
驚いた。ないのだ。同省選挙部管理課の担当者に確認する。申し訳なさそうに担当者は答える。「ご指摘通り、そういうデータを取っていないのです」。介護は状態や環境もさまざま。それによって投票へのアクセスも細分化されている。しかし、複雑な仕組みや手続きに埋もれ、全体像が見えないのだ。
ならば自分で調べるしかない。せめて、おおよその傾向をつかめないか。すると、注目すべきデータに行き当たった。昨年七月の参院選での投票率だ。二十〜三十歳代は30〜40%台なのに対し、六十〜七十歳代は七割前後が投票している。
ところが八十歳以上だと投票率は47・16%に激減する。過去の投票率を調べると、彼らが六十〜七十代だったころは七、八割が投票していた。つまり、少なくとも七割が選挙に行っていた世代が、八十歳を超えると半分も行っていないということだ。
同月の人口推計によると、八十歳以上の人口は千三十万人。投票率が70%だった場合、投票者数は七百二十一万人。だが、実際に行ったのは四百八十六万人だ。その差は二百三十五万人。この数字は何を意味するのか。同様の傾向は二〇一四年の衆院選でもみられる。投票率は七十代は70%ほどだったのが、八十歳以上では44・89%だ。
断定はできない。だが、「消えた有権者」は二百万人以上という可能性が浮かび上がってこないか。
一般財団法人「医療経済研究機構」の西村周三所長に聞く。社会保障政策を経済学の手法で解き明かす「医療経済学」の草分けで、国立社会保障・人口問題研究所の所長も務めた。京都大経済学部の元教授で、私の恩師でもある。
西村所長は「細かく言えば、施設入所者は施設内でも投票できるので、施設と在宅とは分けて考える点も大事だが、大まかな数値として『二百万人以上』という推計は当たっているのではないか」と言う。
二百万人以上いる可能性がある「消えた有権者」。投票しようとすると、どんな困難があるのだろうか。六日の(下)に続く。