軍事研究禁止 学問の自由を守るため - 東京新聞(2017年3月28日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017032802000123.html
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日本学術会議が先週末、防衛省が二〇一五年度から始めた軍事応用可能な基礎研究の公募制度は問題が多い、とする声明を決定した。学問の自由が脅かされるという判断を尊重してほしい。
学術会議は一九五〇年と六七年に、戦争協力への反省から「軍事研究は行わない」とする声明を発表した。その後の五十年で、大きな変化が三つあった。自衛隊が発足して国内に防衛産業が育ったこと。民生用と軍事用の境界がわかりにくくなったこと。そして、研究資金の不足だ。
民生と軍事の両方に利用される技術をデュアルユースと呼ぶ。コンピューターやインターネットは、米国の軍事技術開発の中で生まれた。確かに、巨額の資金が必要なので、民間企業が単独で開発するのは難しかっただろう。だからといって、軍事技術開発が有用だということにはならない。
スーパーコンピューターで考えてみよう。
国産のスパコン「京」が世界最速として話題になったのは、東日本大震災直後の二〇一一年六月だった。当初は学術研究に使われ、震災の分析にも貢献した。最近では民間企業も利用する。
京を抜いて世界一になった米エネルギー省のスパコンは、核兵器開発などに使われている。その後、中国製の二機種がトップになったが、軍の研究機関にある。
軍事研究はコスト意識が甘いとされる。民生用なら研究成果は公開され、利用もしやすい。必要な技術開発なら、民生用としてやる方が良い。
新声明は、防衛省の公募制度は防衛装備庁の職員が大学に来て研究の進捗(しんちょく)状況をチェックするなど、研究への介入が著しく、問題が多いとした。さらに安全保障研究は「学問の自由と緊張関係にある」と警戒する。
憲法九条の「戦力の不保持」は国際的には珍しいが、憲法二三条の「学問の自由」も少数派だ。日本は旧憲法時代、政府が特定の学説を公のものと決めつけ、それに反する学説を排斥するなど、学問の研究活動の自由を妨げたことがあったからだという。
今回、新声明を出すのは、過去の声明が風化したためだ。科学者コミュニティーに対して、研究機関や学会で審査したり、ガイドラインを作ることを求めている。
考えなければいけないのは理工系の研究者だけではない。四月には学術会議の総会が開かれる。総会の場で議論を深めてほしい。