週のはじめに考える 財政拡大の亡霊が再び - 東京新聞(2017年2月19日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017021902000172.html
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トランプ米政権に耳目を奪われがちですが、足元ではデフレ脱却できずに財政が急速に悪化している。終戦直後の「悪夢」の二の舞いはご免です。
昨秋、経済界に衝撃が走りました。「私は考え直した」。安倍政権のブレーン、アベノミクスの理論的支柱といわれる浜田宏一内閣官房参与(米エール大名誉教授)が政策の手詰まりを認めたのです。

◆理論的支柱の変節
衝撃には二つの大きな意味があります。一つはアベノミクスの行き詰まりがいよいよはっきりとしたこと。四年近く異常な金融政策を続けてきたが、物価は目標の2%上昇どころか、以前の水準に逆戻りしています。
浜田氏の理論は、デフレとはお金の量に起因する現象だから通貨供給量を大量に増やし、そして人々に物価は今後上がると予想させることができれば、消費が活発になりデフレから脱却する、というものでした。
それが、あっさりと理論の誤りを言い出したのです。発言と軌を一にするように日銀は、お金の量から金利を目標とする金融政策に転換し、アベノミクスの迷走を印象づけてしまいました。
もう一つの大きな意味は−これこそ大問題なのですが−財政拡大への依存を強める可能性が出てきたこと。先進国で最悪の財政状況なのに、さらに悪化の危険性が増すということです。
浜田氏は、ノーベル経済学賞受賞者である米プリンストン大のクリストファー・シムズ教授の理論に出会ったことで「目からうろこが落ちた」と変節を説明する。
曰(いわ)く「(金融政策は)同じ処方を続けたのでは効かなくなる。政府の財政による助けが必要な状況になった。景気を押し上げる必要がある時に政府が借金をして財政出動をする。これからは将来増税をしてすぐ回収することはないと人々に思わせる。そうすれば人々もお金を使い、マイルドなインフレが起きる」(一月三十一日付本紙インタビュー)。
財政赤字の拡大は気にせずに財政出動し、消費税増税はデフレ脱却が実現するまで延期すべきだというのです。

増税延期の口実に
「またか」と疑念を抱く人もいるでしょう。そう、消費税増税の再々延期の口実です。前回の先送りは「新しい判断」という理解しがたい口実でしたが、前々回は米ノーベル経済学賞学者の意見を錦の御旗のようにしたことを思い起こさせるのです。
シムズ理論とは、単純化するとこうです。政府は財政再建を放棄しインフレを起こすと宣言→国民がインフレを予想→お金の価値が下がり国の借金(債務価値)は縮む→デフレも脱却−。政治家は選挙を意識して増税や歳出削減を避けたいのですから、都合いいシムズ理論に飛び付きかねません。
しかし、そんなにうまくいくのでしょうか。財政再建を放棄すれば国債が暴落し、市場の標的となって制御不能になりかねない。日本がデフレから抜け出せないのは社会保障など「将来不安」からであり、不安を増幅するインフレ予想や消費が高まるか。結局、傷口を広げ、財政破綻に近づくという見方も少なくないのです。
経済成長頼みのアベノミクスだが税収は頭打ちになり、財政は急速に悪化している。いよいよ財政破綻が現実味を帯びています。
考えたくもないのですが、財政運営が危機に陥ると何が起きるのでしょう。資金が流出し、円安加速で超インフレ。金利が跳ね上がり、利払い費が膨らんで財政は破綻−。
万策が尽き、財政破綻した例が実は身近にあります。終戦直後の日本です。国の債務のGDP比率は250%を超え、現在と同じような水準でした。膨大な債務をどう処理したか。
「取れるものは取る、返すものは返す」。つまり一回限りの約束で預金や不動産などに最高税率90%の空前の「財産税」を断行。貧しい層も例外なく対象とし、なけなしの資産を収奪した。財産税で徴収した合計額は、その年(一九四六年度)の一般会計予算に匹敵する規模に達し、それを原資に可能な限り国債を償還した。
その際、国民が預金を引き出せなくする預金封鎖と、通貨切り替えを先行して実施。あらかじめ課税資産を把握して差し押さえる荒業です。国民は反発したが、どうすることもできなかった。

◆国家が暴力装置
国家は、いざとなれば「課税」という合法的な形で国民から財産を奪う暴力装置と化す。
泣くのは国民です。負担をし、正当な給付を受ける。それがあるべき姿です。増税先送りの甘言や楽観論に惑わされず、政治家を厳しく選別することの大切さを歴史は示しているのです。