部活で熱中症死…遺族「顧問の責任は」 闘い7年「命と安全守って」 - 東京新聞(2017年2月7日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201702/CK2017020702000155.html
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高校の部活中に熱中症になった子どもを放置し、前蹴りや平手打ちを加え死亡させたのに、当時の顧問教諭が何の責任も負わないのはおかしい−。七年前に、息子を亡くした遺族がそう訴え、学校の安全を願いながら裁判を闘い続けている。憲法学が専門の首都大学東京の木村草太教授は、安全配慮義務への意識が低い学校事故の典型例だと指摘する。 (細川暁子)
二〇〇九年八月、大分の県立高校二年生で剣道部員だった工藤剣太さん=当時(17)は、部活の練習中に熱中症になり意識を失った。
大分地裁判決(昨年十二月)によると当日は午前九時から練習し、気温は三〇度。キャプテンの剣太さんだけが当時の男性顧問に打ち込みで合格をもらえず、約一時間半も練習を続けさせられた。剣太さんは「もう無理です」と訴えたが、水分補給はできなかった。
剣太さんが熱中症でフラフラし始めたのは正午前。竹刀を落としたことに気付かず、構えるしぐさを続けるなど、異常な行動も取り始めた。
元顧問は助けるどころか「演技じゃろうが」と言って、剣太さんの体を前蹴り。剣太さんは自分で防具をはぎ取るように外し、壁に頭をぶつけて倒れた。元顧問は剣太さんの上に馬乗りになり、「これが熱中症の症状じゃないことは俺は知っている」などと言いながらほおに約十発、平手打ちを加えた。剣太さんは嘔吐(おうと)して反応しなくなり、その夜に亡くなった。
年子の弟の風音(かざと)さん(23)は同じ剣道部員。剣太さんが倒れる一部始終を見ていた。風音さんは「顧問は日常的に暴力をふるい、怖くて止められなかった」と声を震わせる。
両親は一〇年に業務上過失致死容疑で元顧問を刑事告訴したが、不起訴処分に。元顧問が個人で賠償金を支払うよう求める民事訴訟も起こし最高裁まで争った。裁判所は元顧問の過失を認めたが、計四千六百五十六万円の支払いを命じた先は県など行政だった。「国家賠償法(国賠法)」では公務員が公務中に起こした損害責任は国や自治体が負うとしているからだ。
両親は新たに、県は元顧問に対し賠償負担を求める「求償権」を行使すべきだとして住民訴訟を提起。大分地裁は昨年十二月、熱中症に対して適切な処置をとらず、前蹴りや平手打ちで症状を悪化させたとして元顧問の重過失を認定。両親への賠償金のうち百万円を元顧問に請求するよう県に命じた。一方県は先月、地裁判決を不服として福岡高裁に控訴。県教委の工藤利明教育長は「教職員の部活動への携わり方にも大きな影響があるため、上級審の判断を仰ぎたい」とした。裁判の終わりはまだ見えない。
母親の奈美さん(48)は七年にわたり裁判を闘う理由を「県が住民の税金で元顧問の賠償金を肩代わりするのはおかしい。暴力を伴う指導は許されないと学校側が認め、子どもの命と安全が守られる環境を整えるため、あきらめるわけにいかない」と話す。

◆「学校が治外法権化」 首都大学東京・木村草太教授
木村教授によると、大分地裁が県に対して求償権を行使するよう命じた判決は非常に珍しく、画期的だという。国賠法は故意または重大な過失があった場合、自治体が求償権を使って公務員個人に損害責任を負わせることができるとしている。だが、実際には「公務が萎縮する」などの理由で裁判では求償権の行使はほとんど認められていない。
木村教授は「元顧問の重過失行為は現場で厳禁すべき内容。地裁判決は妥当」と指摘する。木村教授は学校側は安全配慮義務への意識が低い上、責任も問われにくいため、特権的に法律を守らなくていい「治外法権」のようになりがちだと指摘。剣太さんの事例はその典型で「検察が元顧問を起訴して、刑事責任を負わせるべきだった」と主張する。