司法省長官代理の解任、正しい判断だが傲慢 - WSJJapan(2017年2月1日)

http://jp.wsj.com/articles/SB11303642310634324165204582594710198520118

ドナルド・トランプ米大統領の移民・難民の入国を一時停止する大統領令はあまりに範囲が広く、ホワイトハウスの執行方法も実にお粗末だった。しかし、トランプ氏が30日夜にサリー・イエーツ司法長官代理を解任したのは正しい判断だった。バラク・オバマ前政権で司法副長官だったイエーツ氏は、司法省の規範に従って自らの責務を果たすことよりも、進歩的な「殉死者」となることを選んだのだ。解任されるのは当然だ。
今回の一件をウォーターゲート事件にたとえる向きもあるが、勘弁してほしい。これは「土曜日の夜の虐殺」などではない。それどころか、行政機関の高官として適切な手続きや自らの義務に違反したのはイエーツ氏だ。民主党がトランプ氏を弾劾したくてたまらないのは分かっている。しかし、今回のことでホワイトハウスが本当に責められるべきは、その傲慢(ごうまん)さと無能さだ。
イエーツ氏は30日に職員に宛てた手紙で、同氏と司法省は大統領令への異議申し立てに対して擁護を拒否する意向だと説明した。そのまま行けば、全米の訴訟に対して行政機関の代理人が誰も出廷しないという事態に陥っていただろう。熱意を持って依頼人を弁護することは、全ての弁護士の義務であり、司法省は政府の弁護士だ。イエーツ氏は実質的に、大統領を法的擁護を受けられない状態にした。
大統領令が明らかに不当または違法な場合など極端な状況であれば、そのような判断も正当化し得る。しかし、今回はそうした状況に当てはまらない。イエーツ氏は、大統領令を精査する司法省法律顧問室(OLC)がトランプ氏の命令が「文面上は適法で適切に起草されている」と判断したことを認めざるを得なかった。
しかし、同氏は単なる合法性だけでは不十分だとの見解を披露。OLCの判断は「大統領令に盛り込まれた方針選択が賢明または公正かどうかについては対処していない」と指摘した。さらに「常に正義を追求し、正しいことを支持する」ことが自らの「神聖な義務」だとした上で、「大統領令が合法とは納得していない」ため執行はしないと述べた。
これでは本末転倒だ。イエーツ氏は法律ではなく、自らの道徳観と政治的疑念を根拠に反旗を翻したのだ。同氏の異論は合法性ではなく、信条にある。もし道義上、トランプ氏の命令を擁護できないと感じたのであれば、辞任するのが潔い決断だ。しかし、代わりにしたのは、次の民主党の大統領に自らを司法長官として売り込むプレスリリースを出すに等しい行為だった。
トランプ氏には行政機関の整合性を保つためにイエーツ氏を解任する義務があった。米国は大統領を頂点とする政治責任体系に基づいて機能する「単一執行府」を取っている。閣僚が信条に基づいて命令を無視できるとなれば、民主的な責任制度は成り立たない。
イエーツ氏は恐らく、オバマ前政権の最初の司法長官であるエリック・ホルダー氏に相談すべきだった。ホルダー氏は2014年、結婚を男女間に限ると規定した「結婚防衛法」を擁護しないとする判断を下した。それについて説明するにあたり、同氏は「個々の法律を擁護しないという判断は、それがどんなレベルであれ、極めてまれでなくてはならない」とし、「そうした判断は本当に例外的な状況に限るものとする。また、決して単なる信条や政治的相違に起因するものであってはならず、確固たる憲法上の根拠に基づいていなければならない」と述べた。
司法省は、オバマ前大統領が発動した同様の難民に関する大統領令の執行には何の法的疑念も差し挟まなかった。2011年、国際武装組織アルカイダを武器や爆発物で支援しようと企てたケンタッキー州在住のイラク難民を連邦捜査局(FBI)が逮捕したことを受け、オバマ氏は通訳を含むイラク難民へのビザ(査証)発給を6カ月間停止した。9・11同時多発テロの後も、難民受け入れは一時停止された。
さらに2015年、カリフォルニア州サンバーナディーノで起こった銃乱射事件を受け、オバマ氏はイラク、シリア、イラン、スーダンリビア、イエメン、ソマリアの市民で2011年3月以降にそれらの国々を訪れた人をビザ免除プログラムから除外した。イエーツ氏は、司法省がそれらオバマ氏の大統領令は擁護できて、トランプ氏の大統領令は擁護できない理由を説明していない。

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だからと言って、ホワイトハウスがこれほど物議を醸す大統領令の発動に十分な準備を怠った責任を免れるわけではない。スティーブン・バノン主席戦略官・上級顧問とスティーブン・ミラー大統領補佐官は、トランプ氏が指名した司法長官の就任を待てないほど自らの権力を誇示したくてしかたがなかったようだ。彼らはジョン・ケリー国土安全保障省(DHS)長官にも相談しようとしなかった。ケリー氏なら抗議のために辞任していたとしても無理はなかっただろう。
トランプ氏と側近は、勝利におごってワシントンの慣習を軽視し、あまりにも多くの初歩的なミスを犯している。イエーツ氏の解任は適切だ。しかし、この混乱は彼らの敵対勢力を勢いづかせることになった。ホワイトハウスのスタッフがもっと賢ければ、大統領は現在のような立場に追い込まれずに済んだはずだ。