(余録)トール・テール(tall tale)とはホラ話のことである… - 毎日新聞(2017年1月22日)

http://mainichi.jp/articles/20170122/ddm/001/070/093000c
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トール・テール(tall tale)とはホラ話のことである。トールは「ありそうもない」「大げさな」との意味で、米国では西部開拓時代の人々がたき火を囲んで交わし合った大ボラをこう呼んだ。
ミシガン湖を掘った巨人の木こりポール・バニヤン、ロープで竜巻も捕らえるカウボーイのペコス・ビル、民衆の仕事を奪う蒸気ハンマーと戦うジョン・ヘンリー、みなトール・テールの英雄たちという。米文学の一つの源流をなす草の根の民衆の奔放(ほんぽう)な空想である。
さて話がホラかどうかをチェックするネットのサイトがある今日だ。大統領選挙中はその少なからぬ発言が「大うそ」の判定を受けたその人である。トール・テールの語り部が人気者となるのも米国の伝統か。ついに第45代大統領にドナルド・トランプ氏が就任した。
就任演説ではトール・テールの英雄並みに労働者の雇用のために戦うと宣言し、「米国第一」を叫んだ新大統領である。さっそく前政権が推進した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱や医療保険改革見直しへ一歩を踏み出し、大転換をアピールした。
都合が悪くなればいくらでも前言を翻せるホラ話である。話に矛盾があろうと知らんぷりをすればそれまでだ。現にそうしてきたトランプ氏だが、大統領となればその判断は多くの人の運命を巻き込みながら後戻り不能となる。話の矛盾は現実の混乱となって表れる。
草の根の民衆の喝采(かっさい)を浴びた物語の語り部がいよいよ渡り合う現実はどんな手触りなのか。全世界が息をのんで見守る「最初の100日間」に、一番恐れおののいているのは当の大統領かもしれない。