週のはじめに考える 被災地で働き方改革 - 東京新聞(2017年1月15日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017011502000142.html
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東日本大震災からもうすぐ六年。復興は道半ばですが、生き生きと働く若者をよく見かけます。中には企業が派遣した人も。新しい働き方を考えます。
仙台市などを除くと、被災地はまだ、人口も産業も震災前に比べて大きく落ち込んだままです。活気を取り戻すには「住」だけでなく「職」が必要です。
人件費が安いと言って工場を誘致したのでは、豊かにはなりません。震災で加速された過疎化を食い止めるには、魅力のある仕事を作り出すことです。やる気のある人や、起業のアイデアはあります。しかし、実現するには多くの知恵が求められます。手助けをしている若者二人を紹介します。
◆会計士が「トマト作り」
訪ねたのは、福島県南相馬市の一般社団法人あすびと福島(半谷栄寿代表)です。
半谷さんは雇用の創出と人材育成のためにトマト工場を造ることにしました。一・五ヘクタールの大型温室で、土を使わない養液栽培です。正社員五人、パート四十五人で、昨年一月にスタートしました。
地元採用の人たちは、農業の技術もあれば、熱意もあります。でも、経営管理マーケティングの経験はありません。
財務・業務管理担当として頑張っているのが、公認会計士の杉中貴さん(32)です。一昨年七月まではKPMGジャパンのグループ会社あずさ監査法人の大阪事務所でマネジャーをしていました。
農業の経験はありません。でも、財務は会計士の本業です。ベンチャー企業の育成に関わるのも仕事の一つ。プロ中のプロです。六月末には、地元の人たちに任せて、会社に戻る予定です。
「あずさの中にいては経験できないことを経験できた。課題を解決する力が付いた。経験は今後の仕事でも役立つと思う」。そう意義を語ります。
◆モノやカネではない
「あすびと」にはもう一人、大企業から派遣された人がいます。三瓶(さんぺい)謙二さん(28)です。福島県郡山市の生まれで、震災時は東北大四年でした。凸版印刷で営業の仕事をしていました。一昨年、社内公募に応募して選ばれました。
「震災後、福島差別があった。心のどこかで、ふざけんなよ、という思いがあった」
三瓶さんは「あすびと」で委託事業の窓口を担当しています。県の委託を受け、子ども向けに体験学習をしたり、企業研修を受託したりしています。凸版印刷が企業研修に使っていた縁でした。
「特別な才能は必要ない仕事」と謙遜します。でも、多くの人は役人と交渉が必要と聞いただけで苦痛です。三瓶さんは営業をしていたので、交渉は得意です。トイレ掃除もやりますが、それさえも「ここでなければできない経験」と楽しんでいるようでした。
給料まで出して送り出すメリットが会社にあるのでしょうか。
あずさ監査法人CSR推進室の山中知行室長は「被災地に貢献するだけでなく、企業も人材育成、利益などを考えています。ウィンウィンの関係でなければ長続きしません」と話します。
もともと、KPMGの企業目的の一つが社会貢献。週末に被災地に出向き、地元企業の経営計画作りにボランティアで関わっている社員も少なくないそうです。大きく育てば顧客になります。
若い人たちはモノやカネではなく、人に感謝されたい、社会の役に立ちたいという思いがある。よい人材を集めるには、そういう気持ちを生かせる企業であることが大事だ」と説明します。
凸版印刷人財開発センターの巽(たつみ)庸一朗センター長も「震災があった二〇一一年に人財開発センターをつくりました。利益・効率ではなく、社会的課題を解決できる企業を目指すという方針で」と話します。三瓶さんは三月末に戻りますが、後任を送る予定です。
「現地を見るというのは、通常の研修と全く違います。研修では復興のアイデアを考えますが、業務に支障がない範囲であれば、勤務時間中に支援活動をやってもよいと言ってあります」。地元の高校生が「油菜ちゃん」と名付けた菜種油の販売促進や、復興応援卓上カレンダーの企画などで実績も出ているそうです。
◆組織の外にも出よう
最近、働き方改革という言葉をよく目にしますが、理想が低すぎます。
それぞれの人が資格、才能、技術など、その人が持っているものを生かして、社会や地域に貢献する。それを企業や行政などが支え、応援する。高度経済成長期の「企業戦士」「モーレツ社員」とは違う、新しい生き方を目指す。それこそが本当の「働き方改革」でしょう。