<2016かながわ 取材ノートから>(5) 苦しむ市民に寄り添って:神奈川 - 東京新聞(2016年12月18日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201612/CK2016121802000132.html
http://megalodon.jp/2016-1219-0922-23/www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201612/CK2016121802000132.html

「ヘイトは帰れ」「ヘイトは犯罪」
六月五日。川崎市中原区中原平和公園周辺は、朝から騒然としていた。市内で在日コリアンヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返してきた団体が、この公園を集合場所とするデモを計画。阻止しようと集まった数百人の市民らが、プラカードを掲げた二十人ほどのデモ隊を取り囲んだ。
開始予定時刻を三十分余り過ぎたころ、警察官がデモの中止をアナウンスした。市民らが歓喜に沸く中、デモに参加しようとした人々は警察官に守られながら去って行った。
在日三世の崔江以子(チェカンイジャ)さん(43)は「初めて私たちの尊厳が守られた」と涙を浮かべた。彼女は、在日コリアンはじめ、外国にルーツを持つ人々が多く暮らす川崎区の桜本に住む。昨年十一月と今年一月には、桜本に向かってきたヘイトデモを先頭に立って止めた。
三月の参院法務委員会では、人の憎悪が自分たちに向く恐怖や、デモによってどんなに傷ついたかを切々と語った。その言葉は委員の心を動かしたようで、委員らによる桜本視察、五月のヘイトスピーチ対策法成立へと、つながってゆく。
これが、ヘイトスピーチを許さない−という動きに弾みをつけたように思う。市は、デモを計画する男性から出されていた川崎区内二カ所の公園の使用申請を不許可に。また、横浜地裁川崎支部は、この男性に、桜本を拠点に民族差別をなくす活動を進める社会福祉法人の事務所周辺でのデモを禁じる決定を出した。さらに決定では、男性の行為が対策法の差別的言動に該当すると認定した。
ただ、デモを止めることはできたが、インターネット上での誹謗(ひぼう)中傷は残った。そのため崔さんは九月と十一月、自分と長男(14)を名指ししたツイートや動画などの削除を求め、横浜地方法務局に救済を申し立てた。そして、ツイッター社などが法務局からの削除要請に応じた。
市街地でヘイトスピーチが繰り返されてきた川崎市は七月、市人権施策推進協議会に、ヘイトスピーチ対策を優先して審議するよう依頼。今月二十七日には、将来の条例化を見据え、事前に公的施設の利用を制限するガイドラインの策定や、インターネット上の差別表現対策などを求める報告書が提出される見通しだ。
協議会の審議を傍聴し続けた崔さんは「ようやくここまで来た。被害を事後に回復するのは難しい。川崎市にはあらゆる差別を許さない条例制定を、全国に先駆けてやってほしい」と願う。
三月末に取材した時、「私たちは静かに共生していきたいだけ」と語った崔さん。同じ二児の母として、平穏な暮らしを望む彼女の思いが痛いほど伝わってきた。差別や憎悪に苦しむ市民が目の前にいる行政だからこそ、できることがあるはず。市の対応が注目される。 (小形佳奈)