大学と軍事研究 科学者は人類を愛せ - 東京新聞(2016年12月19日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016121902000123.html
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戦争の反省から日本学術会議は二度も「軍事研究には協力しない」という決議をした。だが今、防衛省の豊富な予算を前に、方針が揺らいでいる。
戦後、大学は学術研究に専念し、軍事研究は防衛省や防衛産業などで行われてきた。戦争中、核兵器開発などに多くの学者が関わった反省からだった。学術会議は一九五〇年と六七年に「軍事研究はしない」と決議している。
その方針を見直すかどうかの検討が学術会議で続いている。十六日夕に開かれた「安全保障と学術に関する検討委員会」で議論は一段落し、年明けには中間取りまとめに入る。

◆50年ぶりの議論
きっかけは、防衛省が防衛装備品開発のために「安全保障技術研究推進制度」を昨年、発足させて大学などに直接、研究費を助成するようになったことだ。狙いは防衛装備品に利用できる新技術の開発。原則として研究成果の公開を認める。新技術は民生用の利用も期待するので、デュアルユース技術だと説明している。
初年度は三億円の予算で、百九件の応募があった。このうち四大学を含む九つの研究機関の提案が採用された。
従来の学術会議の方針に反することから、同制度への対応が研究者や大学によって分かれた。学術会議会長の大西隆豊橋技術科学大学長が提案者となって検討委員会を設置し、約五十年ぶりの議論が始まった。
設置時には「自衛のための軍事研究は許されるのか」とか「民生と軍事両用のデュアルユース技術をどう規制するのか」といったことが課題と考えられた。議論が深まるにつれて、別の課題が明らかになった。研究成果の公開と、大学の研究・教育への影響だ。

◆米国とは違う仕組み
大学の研究者は主に文部科学省の研究予算を使う。経済産業省厚生労働省、企業などの助成を受けることもある。研究者がすべてを公開できるとは限らないが、成果は公開できる。
防衛省は「採択するのは基礎研究で、成果は原則として発表できる」としている。学術会議が調べると、お手本にしたはずの米国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)の仕組みは違っていた。
米国では研究を公募する段階で「基礎研究」か「公開制限付き研究」かが示されている。基礎研究は契約に公開の自由が入る。一方、制限付き研究では機密保護が求められる。マサチューセッツ工科大(MIT)などは、機密性の高い研究をするために大学から離れた場所に研究所を置いている。
検討委員会に出席した防衛省の担当者は「原則、公開が可能」と答えたが、制度的な保障はない。「特定秘密」についても「指定されることはない」と口頭で述べただけである。
なぜ、契約書に入れないのか。不信と不安を呼んでいる。
特定秘密の指定は、研究者個人だけでなく、大学への影響も大きい。将来、指定される可能性を考えれば、留学生は同制度の研究には近づけないという対応も必要になる。サイバー(電脳)セキュリティーを含めて、大学構内の態勢強化が求められる。
教育機関としても問題がありそうだ。米国では制限付き研究を受託した研究室の卒業生は、軍需産業への就職が多かった。企業側も共同研究などを通じて優秀な学生を見いだしやすい。日本でも人材供給につながるだろう。
今年のノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典・東京工業大学栄誉教授は「基礎研究が大事だ」と繰り返し話す。大隅さんの言う基礎研究は、そこから別の基礎研究や応用研究が広がっていく大樹のイメージだ。
一方、防衛省のいう基礎研究は、要素技術の開発だ。新装備に不可欠な多くの基礎研究を集めて防衛装備品の完成を目指す。広がりは期待されていない。
安全保障研究の領域は、陸海空から宇宙、サイバー空間へと拡大している。防衛省だけでは対応が難しい。このため、消極的な研究者に対して「国立大学が政府の方針に従わないのか」とか「学者には愛国心はないのか」との批判も出ている。

坂田昌一の言葉
そうした批判にひるむことはない。それぞれが、何のために研究をするのかを考えることだ。
ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英・名古屋大特別教授の研究室に、恩師で物理学者の坂田昌一・元名古屋大教授の書がある。
「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」
坂田さんは第一回学術会議総会の感想として「学問の政治に対する幇間(ほうかん)性をぬぐいさり」という言葉も残している。