(余録)作家の井上ひさしさんは小学生で敗戦を迎えた… - 毎日新聞(2016年10月27日)

http://mainichi.jp/articles/20161027/ddm/001/070/127000c
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作家の井上(いのうえ)ひさしさんは小学生で敗戦を迎えた。その次の年、ひさし少年は露店の古本屋で戦前の分厚い「少年倶楽部(くらぶ)」を見つけて喜んだ。さっそく買って、家で開いて驚いた。表紙だけ本物だが、中身は全然別物、みごとにだまされた。
ひさし少年は今度こそと、「少年クラブ」最新号を注文した。手に入ったのは新聞のようなもので、ハサミで切って、自分でとじて冊子にするのだった。「完成して読み始めたんですけど、あっという間に終わっちゃう。なにしろ三十二ページしかないんですから」
津野海太郎(つのかいたろう)さんの「読書と日本人」(岩波新書)から井上さんの「本の運命」の孫引きをさせてもらった。いやはや大人も子どももみんな本と活字に飢えていた時代だった。読書週間が始まったのはその翌年の1947年の11月で、迎えて今年はちょうど70回となる。
小紙が読書週間にあわせて行ってきた読書世論調査によると、書籍読書率(本を読む人の割合)は戦後間もない時期に急上昇した後は5割前後の状況が続いている。出版文化のピンチは事実だろうが、「2人に1人は本を読む」という実情はそう変わっていないのだ。
初回調査で今後力を入れるべき出版ジャンルを尋ねたら「科学技術」が1位だった。それが復興の鍵と思われた時代である。この時に12ジャンル中最下位だった「趣味娯楽」が4位になった今日のトップは何だったろう。初回では11位の「歴史」というのが興味深い。
「いざ、読書。」は今年の読書週間の標語である。終戦直後、本を手作りしても読みたかった人々の血はわずか70年足らずで絶えてしまうはずがあるまい。

読書と日本人 (岩波新書)

読書と日本人 (岩波新書)