(筆洗)亡くなった登山家の田部井淳子さん - 東京新聞(2016年10月23日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016102302000153.html
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新聞では女性を特別視する表現や男性側に対語のない女性表現はなるべく使わないルールがある。性別を理由にした社会的差別を助長しないための配慮である。
試しに、手元の「記者ハンドブック」に掲載されている【女性を殊更に強調、特別扱いする不適切表現】を書き写してみる。<女傑、女丈夫、男勝り、女だてらに、女の戦い…>。会社支給の記者用パソコンで、これらの文字を打ち込めば、注意マークが表示され、その表現は使えませんよと教えてくれる。
時代は大きく変わったが、当時、その人に対しては、そういう表現や見方があったことは想像に難くない。亡くなった登山家の田部井淳子さん。七十七歳。
一九七五(昭和五十)年、世界最高峰のエベレストの登頂に女性として初めて成功。世界七大陸の最高峰を制覇した初の女性登山家である。「女だけでエベレストなんて、できっこない」「女だてらに」「女のくせに」−。エベレストに挑むに当たって多くの人にそう言われたと「それでもわたしは山に登る」(文春文庫)の中に書いている。
当時の田部井さんが相手にしていたのはエベレストと、もうひとつ、「女のくせに」と言ってはばからぬ社会風潮だったのだろう。
いずれの高き山にも道しるべを残した。そして「女だてらに」などの表現を、体を張って遠い昔の「遺物」に変えた女性の一人である。