週のはじめに考える 解散は首相の専権か - 東京新聞(2016年10月16日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016101602000169.html
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政権内で「解散風」が吹き始めました。来年早々なら衆院議員の任期を約半分残しての総選挙です。そもそも解散は首相の専権事項なのでしょうか。
来年早々に衆院解散・総選挙はあるのでしょうか。安倍晋三首相は「解散については現在全く考えていないが、その時、その時に適切に判断したい」と繰り返すだけで、言質を与えてはいません。
とはいえ、自民党二階俊博幹事長は記者団に「選挙の風は吹き始めている。いま準備に取り掛からない人がいるとすれば論外だ」とまで述べています。政界は動きだしたら止まらない状態です。

◆うそついてもよい?
首相がはっきり言わないのに、なぜ解散に向けて動きだすのでしょうか。それは衆院の解散は「首相の専権事項」とされ、時期については「うそをついてもよい」とまで言われてきたからです。
一九八六年、当時の中曽根康弘首相は、その年の初めから、夏に予定されていた参院選との「衆参同日選挙」を考えていましたが、その本音を隠して「死んだふり解散」に持ち込み、自民党を大勝に導きました。
さかのぼれば五二年、当時の吉田茂首相は「抜き打ち解散」に踏み切ります。吉田首相は自由党内で鳩山一郎氏を支持する鳩山派と対立していました。ひそかに選挙準備を進め、準備不足の鳩山派に打撃を与えるのが目的です。
首相が解散時期を明言せず、政権にとって一番有利な時期を選んで解散に踏み切れば、準備が整わない野党や対抗勢力にとっては不利になるのは当然です。
政権与党が衆院の総選挙に勝てば、首相は政権基盤を固めることができ、その後の政権運営や政策遂行がしやすくなります。首相の解散権が「伝家の宝刀」と言われるゆえんです。

◆「乱用」批判しばしば
日本国憲法は六九条で、衆院内閣不信任決議案を可決または信任決議案を否決した場合、十日以内に衆院を解散するか、内閣総辞職するよう定めています。
戦後、新憲法下で総選挙は二十四回行われました。任期満了が一回、解散・総選挙は二十三回。このうち不信任決議案が可決されて解散されたのは四回だけです。
残る十九回は不信任決議案に関係なく「内閣の助言と承認」により天皇衆院解散などの国事行為を行うと定めた憲法七条を根拠としたものです。「七条解散」と呼ばれます。最初の七条解散が吉田首相の抜き打ち解散でした。
国会は国権の最高機関です。全国民の代表である国会議員の身分を、行政府の長である首相が意のままに奪っていいわけはありません。七条解散には「解散権の乱用」との批判がしばしば上がります。
抜き打ち解散では、議席を失った元議員が七条解散は憲法違反であるとして訴訟を起こしました。高裁は七条解散を合憲と認め、最高裁は合憲違憲の判断を避け、元議員の上告を棄却しました。
このとき、最高裁が採ったのが高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあるとする、いわゆる「統治行為論」です。以降、七条解散は慣例化します。
確かに、国論を二分するような問題が浮上したときに、主権者である国民にその判断を仰ぐのは議会制民主主義の日本にあっては、理にかなってはいます。
しかし、明確な争点がないにもかかわらず、与党の都合で解散に踏み切るのなら、解散権の乱用との批判は免れません。
最高裁は二〇一四年衆院選における小選挙区間の一票の不平等を「違憲状態」と断じました。格差解消に至らないうちに首相が解散に踏み切るのなら、憲法無視と厳しく批判されなければなりません。
ましてや、自民党総裁の任期延長や、連立を組む公明党への配慮が理由だとしたら、認めることができるでしょうか。
自民党内で派閥抗争が激しかった一九七八年、当時の保利茂衆院議長は七条解散を認めながらも、六九条と同一視すべき事態に限られるべきだとした見解を作成したことがあります。首相による恣意(しい)的な解散を戒めたのです。

◆英国では解散権封印
英国では二〇一一年、下院議員の任期を五年とする「任期固定制議会法」が成立しました。政権が都合よく議会を解散するのは不公平だとして、首相の解散権を事実上「封印」するのが狙いです。
日本は長年、同じ議院内閣制の英国を範としてきました。小選挙区制や党首討論副大臣制、マニフェスト選挙など近年の政治改革も英国が手本です。解散権の制限も参考にしたらどうでしょう。
解散権が乱用されるなら、声を上げなければなりません。解散風が吹き始めたからといって、あおられるだけではいけないのです。