ボブ・ディラン 時代は変わり詩は輝く - 朝日新聞(2016年10月15)

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米国で最も有名なミュージシャンのひとり、ボブ・ディランさん(75)に今年のノーベル文学賞が贈られる。1901年から続く賞の歴史で、歌手の受賞は初めてのことだ。
スウェーデン・アカデミーは古代ギリシャホメロスやサッフォーに連なる偉大な詩人とたたえた。歌や楽器の演奏で表現される歌詞の世界を、現代最高の詩文学と認めた英断を歓迎したい。英作家サルマン・ラシュディ氏は「吟遊詩人の伝統の見事な伝承者」と祝福した。
ディランさんは62年にフォーク歌手としてデビューした。「風に吹かれて」「時代は変(かわ)る」など初期の代表作は、黒人の人種差別解消を求めた公民権運動やベトナム反戦を象徴する抵抗歌として歌い継がれた。
ビートルズジョン・レノンが傾倒し、日本でも吉田拓郎さんや高石ともやさんらに影響を与えた。60年代の学生運動の若者たちも口ずさんだ。
だが自身は唐突にロックに転向し、カントリーやブルースにも近づいた。さらに伝承歌や伝統的な詩を踏まえた、大衆音楽の大伽藍(がらん)を築きあげた。
だみ声でたたみかけるようにうたわれる歌の数々は、一聴して彼のものとわかる。同様に、くっきりしたイメージの単語を随所にすえ、意外な言葉のつなぎ方や重層的な韻、謎めいた比喩で鮮やかな描写を生み出す歌詞も、彼独自のものだ。
口語で伝えられる歌詞に文学の新たな可能性を見いだす。今回の授賞の意味をどう受けとめたらいいのだろうか。
米国では大統領候補が互いをののしりあう。言葉による交渉の成立しない過激派組織「イスラム国」が世界を恐怖と混沌(こんとん)に陥れている。日本でも、ネット上のギスギスした物言いが人々を傷つけ、追い詰めている。
膨大に行き交う言葉が本来の価値と重みを失い、人間同士の交流を妨げる要因にすらなる。そんな皮肉な時代に、いまも世界各地をめぐって精力的にステージをこなし、生身と肉声で歌を届け続けるディランさんの存在は輝きを増している。
12年の「テンペスト」でタイタニック号の悲劇を叙事詩のように歌いあげ、今春の日本公演ではスタンダード曲「枯葉(かれは)」や斬新なアレンジの自曲を披露した。半世紀余にわたり自己刷新を重ねてきた芸術家としての姿勢も特筆される。
自伝にある「わたしの運命は命の息吹が導くまま展開していく」の言葉どおり、転がる石のように進む歌手に、現代の吟遊詩人という呼び名が加わった。