原発・憲法催し、相次ぐ自治体後援拒否 「中立へ配慮」 - 朝日新聞(2016年10月8日)

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原発憲法などをめぐる市民主催の催しの名義後援を「政治的中立への配慮」などの理由で自治体が断る事例が相次いでいる。朝日新聞都道府県、県庁所在地、政令指定都市、東京23区の計121自治体に取材したところ、2010年度以降、こうした理由で後援を断ったり取り消したりした例が少なくとも54自治体で計172件あった。
年度別では、10年度13件▽11年度14件▽12年度25件▽13年度41件▽14年度35件▽15年度(今年2月まで)40件と、増加傾向にある(日付不明が4件)。今年2〜3月に対象の全自治体(教育委員会を含む)からアンケートの回答を得て、追加取材した。文書保存期間などを理由に5自治体からは一部の回答を得られなかった。
イベント内容などで分類すると、「原発」が最多の59件。「安保・平和」が54件、「憲法」47件、米軍基地問題など「沖縄」14件などが目立った(複数にまたがるケースを含む)。

後援拒否の多くは、内容や趣旨に特定の主張が含まれていることを理由としていた。三重県は昨年3月、それまで2年連続で後援していた「反核平和マラソン」を、ホームページに「原発ゼロをめざして」との記載があることから、後援を承認しなかった。「特定の主義主張の浸透を図ること」が目的と判断した。
宮崎市は昨年12月、それまで2年連続で後援していた「宮崎・平和のための戦争展」の後援を認めなかった。講演の題に「普天間基地撤去・辺野古に新基地はいらない」とあり、「世論が大きく分かれる内容で、一方的な意見のみを取り上げるものは承認できない」と決めたという。
主催団体を理由に後援しない例もあった。京都府は、原水爆禁止京都協議会、京都原水爆被災者懇談会が主催する「核兵器廃絶や広島・長崎の被爆についての写真展」(12年5月)を、「特定の主張を持っている団体」として不承認にした。
後援は「○市後援」と名義を使えるなど信頼を得やすく、お金をかけずに参加者を募りやすいメリットがある。公共施設の使用料を減免する自治体もある。

■判断基準、自治体でまちまち
自治体の基準が多様なため、同じ催しでも自治体の判断が異なることもある。
原発差し止め訴訟を闘う弁護士らが、原発事故に翻弄(ほんろう)される人々や事故の背景を追ったドキュメンタリー映画「日本と原発」(2014年公開)。東海第二原発がある茨城県内では、その上映会をめぐり自治体によって判断が分かれた。
水戸市は昨年7月に後援を断った。市の説明では、原発について「国の動向を注視している」というのが市の基本姿勢。主催者への聞き取りやパンフレットから、映画は「脱原発を目指すもの」で、「後援すれば、市が賛同していると誤解を与えかねない」(秘書課長)と判断した。市の後援基準で「市の施策に反するもの」「政治的な性格を有するもの」の二つに該当すると結論づけたという。
上映会は、東日本大震災後に東海第二原発の再稼働に反対する活動に参加し始めたひたちなか市の会社員鵜沢恵一さん(57)らが企画。「社会問題を考える場だということを訴えた。市がそこまで忖度(そんたく)しなくてもいいのではと思うが……」
一方、同県結城市は翌月の上映会を後援した。市は上映会を企画した市民らに聞き取りをし、後援をしない基準である「政治的な目的を有したもの」には当たらないと判断した。担当者は「後援を断った自治体があることは把握していたが、社会的な問題提起をする作品であり、どう受け止めるかは見た人が決めることだと考えた」と話す。
企画した小林隆さん(46)は「後援があれば市報に載り、一般の人も参加しやすくなる。広く見てもらいたい映画なので良かった」と言い、今後も上映会を続けていくという。
この映画の監督を務めた弁護士の河合弘之さんは「原発は本来、政治問題ではなく経済問題。映画は問題提起型で、これを見て何をすべきか考えてほしいという問いかけをしている」と話す。
憲法を巡るイベントでは、改憲派護憲派も後援を断られた例があった。
京都府は昨年4月、改憲派日本青年会議所の近畿地区京都ブロック協議会が立場を超えて議論しようと主催した「憲法ライブ2015」を、「国で議論されている問題」として後援しなかった。府の基準で「政治的な内容を含むものでないこと」に触れたという。
津市は昨年3月、福島、東京、広島、長崎を結ぶ「反核平和マラソン」(新日本スポーツ連盟主催)の後援を断った。国内約1600の自治体が加盟する平和首長会議や、約300自治体が加盟する日本非核宣言自治体協議会が後援しているが、大会パンフレットに「平和憲法を守ろう」「原発ゼロ」などの記載があり政治活動にあたると判断した。同連盟の石川正三理事長は「憲法を守ろうと掲げるだけで後援を断られることは以前は考えられなかった」と話す。
政府と沖縄県が対立し、混迷を深める在日米軍基地の問題でも、自治体の消極姿勢がみられた。
佐賀市は昨年7月、米軍機オスプレイの沖縄配備などに反対する人々を追った映画「標的の村」の上映会後援を認めなかった。佐賀空港自衛隊オスプレイ配備計画があり、「映画はオスプレイ反対の立場。(賛否を決めていない)市としては後援は反対の意思表明につながりかねない」と考えたという。
三重県や津市も15年8月、「フォトジャーナリズム展三重」の後援をいったん承認した後、市民からの「ふさわしくない」との指摘をうけて取り消している。県によると、前年、前々年は後援したが、15年は「辺野古の今」という作品群を問題視。米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する内容に特化しているとして、不適当と判断した。

■指摘受け、取り消した例も
後援を認めるのか、断るのか。判断基準は自治体や部署で異なり、「政治的な内容を含まない」「政治的色彩を有しない」といった基準を独自に設けている所が多い。職員も頭を悩ませており、基準を見直す自治体もある。
「多くの人が触れるよう広く後援したいが、慎重にならざるをえない」。津市の担当者は取材にそう明かした。匿名の市民から「こういう催しを後援するのはどうなんだ」などと厳しい意見が多く寄せられるようになったと感じるという。
熊本市は12年、後援の基準に「国民、市民の間で議論が分かれているものでないこと」を追加した。担当者は「政治的かの判断は難しく悩ましかった。判断しやすくなった」と言う。改正後に2度、南京大虐殺に関する生存者の証言を聞く会について「(虐殺の)規模などで論争がある」として後援を断った。
横浜市は14年11月、米軍オスプレイの配備などに反対する人々を追った映画「標的の村」の上映会の後援を決めたが、市民から「ふさわしくない」との指摘を受け、内容を再確認。「反対の立場を支持するように見えるのは好ましくない」などとして15年2月までに主催者に後援を表記しないよう依頼し、事実上取り消した。
ただ、市の後援に関する取扱要綱にこうした事態を想定した項目がなく、15年4月に要綱の一部を改正。後援を除外するケースとして「政治的中立性を損なう恐れがあると認められるもの」を新たに加えた。(木村司、松本千聖

■「社会の空気、過剰に忖度」
「ええ、政治ですが、それが何か? 自分のアタマで考える政治学入門」の著書がある岡田憲治・専修大教授(政治学)の話 異なるものを排除しようとする社会の空気を反映している。福島の原発事故、政権交代の経験、不特定多数に向かって誰もが匿名で意見表明できるSNSの普及で、政治と生活の距離が縮まった一方、多様性を尊重せずに他者を排除する風潮が広がってきた。12年末から続く安倍政権も、安全保障関連法をめぐる議論に象徴されるように異なる意見に耳を貸す姿勢に欠ける。そうした中、「政治的だ」「偏向だ」と批判を受けやすい自治体職員が一部の声かもしれない「社会の空気」を過剰に忖度(そんたく)し、萎縮している構図がある。政治は「人間のすべての問題」を扱うため、誰もが政治的な存在だ。「偏っている」と言っても、どんな基準と比べて偏っていると言えるのか。基準は誰が決めるのか。「政治的中立」はフィクションに過ぎず、世論を二分するテーマこそ、議論の場を提供するのが自治体の役割だ。

■「学習の場提供、後押しすべき」
《中川幾郎・帝塚山大名誉教授(行政学)の話》 例えば政治活動か、政治を学習する場か、担当職員レベルでは判別しにくく、後援審査は自治体にかなりの余力が必要だ。ややこしい問題は除外し「中立」に振る舞おうとするのは、現場職員の気持ちとしては理解できる部分もある。ただ、自治体は特定党派の支持につながるような活動は後援できない一方、政治学習の場を提供することは何ら問題ない。後援が賛否を示すことにもならない。市民の正しい判断には多くの情報に触れる必要があり、それにつながるような活動は後押しすべきだ。

■後援をしなかった各地の事例
原発

盛岡市:「親として知っておきたい放射能の基礎知識」について、専門家の間でも様々な意見があり、市は国の基準に沿って施策を進めているため、国の見解と異なる特定の意見を後援できない。(2012年度)

○東京都中央区:「東京反核平和マラソン」について2011年度までは後援していたが、イベント目的に「原発ゼロのエネルギー政策へ転換しよう」という取り組みが加わり、区は原発について姿勢を示していないため、「後援」をやめ「協力」とした。15年度は「原発」の記述がなくなり後援を復活。(12、13、14年度)

奈良県:「脱原発と再生エネルギーを考えるフォーラム」について、「立地県でもなく、国の政策の問題に自治体が賛否を述べるレベルではない」という前提のもと、「世論が二分されているテーマだから」と判断。(14年度)

松江市脱原発をテーマとしたシンポジウムについて、「当時は東日本大震災の後で国のエネルギー政策が見通せない状況の中、方向性をもった集会は後援できない」と判断。(12年度)

憲法

群馬県:「5・3憲法記念日集会」について、「憲法記念日には各地で様々な意見や考え方を持った団体が集会をしているので、一律に後援は行わない」と判断。(11年度)

岐阜県:「ぎふ平和のつどい」と題した著名な弁護士の講演会について、「9条への願いを込める」という催し内容や、事務局が「岐阜・九条の会」に置かれていることから、憲法9条に関する特定の主義主張があると総合的に判断した。後援基準「特定の主義主張の浸透をはかる目的を有しないもの」に触れた。(14年度)

鳥取市:「平和の鳥フェスティバル」について、憲法は「護憲」「改憲」それぞれ政治的な主張があり、今後国民的な広い議論が展開されるべきと考え、後援は適当でないと判断した(13年度)

【沖縄】

三重県:「フォトジャーナリズム展三重2015」について、「沖縄から考える戦後70年」のコーナーの「辺野古の今」という作品群が、「移設反対という内容に特化している」と判断。一度は後援を決めたが県民からの指摘を受けて内容を確認し、「後援を承認するのに不適当な行為があった」として取り消した。(15年度)

富山市:「沖縄から日本を問う」と題した大田昌秀・元沖縄県知事の講演会について、後援基準の「特定の思想、政治、または、宗教上の活動にかかわるもの」に該当したため。講演会の企画書案に、普天間基地移設問題についての講演とあり、世論が分かれているテーマで、特定の政党色を感じさせることなど「総合的な判断」をした。(10年度)

【安保・平和】

堺市イラク戦争に翻弄(ほんろう)された人たちを追ったドキュメンタリー映画イラク チグリスに浮かぶ平和」上映会と、監督でフリージャーナリストの綿井健陽さん講演会について、映画の趣旨に「イラク戦争を生じさせた米英軍批判」「日本がイラク戦争を支持した是非についての問いかけ」があると判断。これを検証すべきは外交を主管する国にあり、国が検証しない現状で、市は賛成反対の表明はできないため、この趣旨で行われる事業の後援はふさわしくないと判断。(15年度)

【安保・平和/原発

○福岡県:「非核と平和のつどいin福岡」について、開催趣旨に安全保障関連法や原発再稼働に反対する主張が含まれ、中立性が疑われると判断。ただ、「政治活動」にあたるかは判断が難しい一方、「特定の団体の宣伝に利用されるもの」とは、はっきりと認められたため。(15年度)