(天声人語)ワイダ監督が死去 - 朝日新聞(2016年10月12日)

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主人公の青年がウォッカの入ったいくつものグラスに、火をつけていく。一つひとつを第2次大戦中に命を落とした仲間に例えて。しかし青年の戦いは終わっていない。抵抗組織の一員として共産党幹部を暗殺しなければならない。
ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ氏の「灰とダイヤモンド」だ。時代に翻弄(ほんろう)さログイン前の続きれながら死へ向かう青年の姿は悲惨でもあり、英雄的でもある。共産主義政権下で検閲を受けながらも、政治性の強い作品を撮り続けた巨匠が、90年の生涯を閉じた。
共産圏の「鉄のカーテン」のなかで何が起きているのか、スクリーンを通して知らせた。「大理石の男」には、社会主義への懐疑があった。「鉄の男」は政府に抵抗する労働組合の勝利を描いた。
問題は検閲を容認するかどうかではなく、「検閲そのものを無効にしてしまうような映画を作ることなのだ!」とワイダ氏は著書で述べた。検閲は担当官が理解でき想像できる範囲にとどまり、本当の独創には及ばないと。抵抗の芸術家としての重い言葉だ。
制約や緊張が芸術を鍛えた例の一つであろう。検閲があるがゆえに観客が映画の細かいところを読み取ろうとしてくれたと、受け止めた。西側の評価が、創作の励みになった。
分割や占領、共産主義の圧政に苦しむ祖国を思い続けた。晩年の仕事には、旧ソ連秘密警察がポーランド人捕虜を銃殺し、父の命をも奪った「カチンの森事件」を選んだ。国家の暴力に向き合う人間を描き続けた生涯だった。