(私説・論説室から)おみすてになるのですか - 東京新聞(2016年9月26日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2016092602000135.html
http://megalodon.jp/2016-0926-0936-53/www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2016092602000135.html

「名古屋の杉山さんの容体が悪い」。ドキュメンタリーの映画監督である林雅行さんからメールが来たのは八月二十三日だった。
杉山千佐子さんは太平洋戦争で負傷した民間人への補償を求める活動をずっと続けた人である。一九四五年の名古屋空襲。爆弾の破片で杉山さんの左目がつぶされた。義眼も入れられず、眼帯姿で戦後を送った。
「戦時中には被災した民間人を補償した法律がありました。国側は戦後に法の効力がなくなったと説明しますが、元軍人らには援護法ができ、年金が支払われています」
あまりに不公平ではないか−。かつてお目にかかったとき、そう訴えていた。背景には戦争ではみんなが苦しんだのだから、がまんせよという国の姿勢があろう。受忍論と呼ばれる。だが、ドイツでは民間人も国の補償が受けられる。杉山さんからそう教えられた。受忍論は人を見捨てているのと同じだ。
九月九日になって、また林さんからメールが来た。「杉山さん。会話、食事できず。少しずつ衰弱」。十八日の朝には−。
「先ほど杉山さん亡くなりました。今日百一歳の誕生日でした」
願いだった「戦時災害援護法案」は国会に十四回も提出されたが、いずれも廃案−。林さんが制作した作品に「おみすてになるのですか」がある。その言葉が今、鋭く突き刺さる。 (桐山桂一)