新検事総長 「二兎」を追う手腕を - 朝日新聞(2016年9月6日)

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検事総長が交代し、東京高検検事長から昇進した西川克行氏が、あらたに検察組織を率いていくことになった。
西川氏が検事になった79年は航空機商戦をめぐるダグラス・グラマン疑惑が噴きだしたときだった。巨悪に挑む特捜検察に人々が喝采をおくる時代は、その後も続く。次に脚光を浴びたのは、規制緩和策が進むなか、市場の公正を保ち、その違反者を取り締まる経済検察だ。
そしていま、検察活動は次の大きな曲がり角に差しかかろうとしている。
「隠れた腐敗を正してこその検察」との声は、むろん厳としてあり、捜査・公判能力の向上はゆるがせにできない。いわゆる司法取引制度をはじめ、導入が決まった新しい捜査手法も適正に使いながら、この期待にこたえなければならない。
あわせて、社会が求め、検察自身も近年取り組みを強めているのは、罪を犯した人の社会復帰の手助けや再犯の防止だ。
たとえば万引きや無銭飲食をくり返す高齢者や知的障害者について、起訴を見送り、福祉施設で立ち直りをめざす施策が始まって3年になる。専門家の意見を聞いたうえで検察官が判断するもので、能力のある社会福祉士を非常勤職員として採用している地検もある。
児童虐待がうたがわれる事件でも、検察が核となって児童相談所や学校などと連携を取りあい、情報を共有する試みが、一部の地検で進んでいる。虐待を加えた親らをどう処遇するのが被害児童のためになるか、ケースごとに、一緒になって答えを探ろうという試みだ。
起訴か不起訴かの判断を独占し、高みから他者を見おろしがちだったこれまでの検察の姿勢を考えると、驚くべき、そして歓迎すべき変化といえる。
転換点になったのは、6年前の大阪地検の証拠改ざん事件をきっかけとする検察改革だ。
「当事者」の一方として裁判を争い、有罪に持ち込むことが自己目的化した先に、改ざんという許しがたい行いがあった。
その反省をふまえて定められた「検察の理念」は、安全と安心を確保し、国民全体の利益をはかる「公益の代表者」の立場に軸足をおく考えを打ちだした。犯罪の防止や更生など刑事政策の目的に寄与することを、検察の使命としてはっきり位置づけている。
犯罪をあばき、犯罪者を支える。一見、相反する二兎(にと)をいかに追い、新しい時代の検察をつくっていくか。かじを取る新総長の手腕が試される。