(筆洗)その日は一年のうちで子どもの自殺が最も多い日という - 東京新聞(2016年8月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016082402000136.html
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「秋は、根強い曲者(くせもの)である」と書いたのは太宰治である。太宰によれば、<秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル>のであるが、人は夏の炎熱にだまされて、それを見破ることができない。「秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる」
リオ五輪一色の夏だったせいもあるが、閉幕と同時に夏のしまい支度や忍びこんでいた秋に気づく方もいるだろう。子どもたちも夏休みの「閉幕」が迫っていることにあわてふためき、山積みの宿題を前に「秋は、ずるい悪魔だ」と怒っているか。
<算術の少年しのび泣けり夏>西東三鬼。この少年が、大声で泣き叫ばず、シクシクとしのび泣いているのは、算術が解けぬ自分のふがいなさが悔しいからか。宿題をぎりぎりまでほったらかし、やはり、しのび泣いていた経験のある身としては、がんばれよと声を掛けたくなる。
宿題よりも深刻な問題がこの時期にもう一つある。九月一日である。夏休みの期間と関係があろうが、内閣府によると、その日は一年のうちで子どもの自殺が最も多い日という。
秋が夏の間に忍びこむように子どもの心にも抱えきれぬ悲しみが侵入し、それが子どもを連れていってしまう。何としても食い止めたい。
目を凝らす。耳を澄ます。声を掛ける。手で触る。どんな兆候も見逃すまい。これは重い重い大人の夏の宿題である。