(筆洗)約十万三千件分の傷ついた子どもがいるという深刻な現実である - 東京新聞(2016年8月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016080802000116.html
http://megalodon.jp/2016-0808-0940-29/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016080802000116.html

なんでも「ハッピーモア」というファミリーレストランがあって、小学校に上がるかどうかの息子さんがその意味を聞いたそうだ。「ハッピーモアってどういう意味なの」
「もっと幸福にって意味だよ」と教えると、息子さんはこう言った。「ぼくはこれ以上、幸せになりようがないなあ」−
脚本家の山田太一さんが『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』の中で書いていらっしゃる。山田さんは驚いたという。
当時の息子さんは「母親にガミガミいわれ」「お姉ちゃんにはいじめられ」、いろいろ我慢しているんだろうと思っていたのに「これ以上幸せになりようがない」ほど幸せだという。親にとって、それこそこれほど幸せな言葉はあるまい。息子さんをぎゅっと抱きしめたそうだ。
残念だが、正反対の話を書かざるを得ない。幸せになりようが十分にあって必ず、そうしなければならぬ子どものことである。厚生労働省によると昨年度の児童虐待件数は過去最高の約十万三千件(速報値)である。ついに十万を超えた。
これで二十五年連続の増加。虐待への社会の目によって、通報が増えた結果と聞けば、安心したいがあまり、なんとなく納得したくもなるが、忘れてならないのは約十万三千件分の傷ついた子どもがいるという深刻な現実である。一人でも減らす、「ハッピーモア」にする覚悟を共有したい。