英国のEU離脱 長い不確実時代の入り口 - 東京新聞(2016年6月26日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016062602000158.html
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欧州連合(EU)の発足以来初となる英国離脱はグローバル化した世界経済を瞬時に揺るがした。海図なき航海は国際社会が結束して支える必要がある。
「マーケット・メルトダウン」−。米ABCテレビは衝撃的な見出しを付け、世界に連鎖した株価暴落を伝えた。直前の楽観的な見方の反動も加わり、金融市場は狼狽(ろうばい)しパニックに陥った。取引時間中だった東京市場を皮切りに底割れしたような株価下落はアジア、欧州、米国へと伝播(でんぱ)した。東京では一時一ドル=九九円台まで円高が進み、株価下落幅も一二〇〇円超とリーマン・ショック時を上回り、十六年ぶりの大きさだった。

◆未知の領域に踏み出す英国のEU離脱という事態がどうして世界経済を揺るがすのか。なぜ計り知れないほどの影響があるというのか。
それは「EUなき英国」と「英国なきEU」という、未知なる不確実な存在が生まれるからだ。
英国経済は世界の中枢、金融街ティーを有し、特例的に自前の通貨、英ポンドを維持したまま世界からマネーを集め、金融立国として成り立ってきた。
日本をはじめとする各国企業は質の高い金融街がある英国に進出し、そこからEU加盟国という、非関税で輸出できる大きな単一市場を相手にできた。英国の繁栄はEUに加盟していてこその側面が強いのである。
EUにとっての英国は、ドイツに次ぐ第二の経済力があり、かつての覇権国家として英連邦などにさまざまな影響力をもつ。またEUの財政運営や移民・難民政策などに対し、いつも異論を突き付ける厄介な存在だったが、それがEUの多様性や政策の幅広さにつながったのも確かである。

◆いばらの道の始まり
英国がEUから離脱し、非関税などのメリットを失うとなれば、英国に進出していた各国の企業はフランクフルトやパリなどへ、せきを切ったように拠点を移すだろう。離脱した場合の英国経済の急激な落ち込みは想像に難くないが、英国を失うEUの痛手も小さくない。
しかし、EUと英国との離脱に関する交渉は長く厳しいものになるだろう。最低で二年、長ければ十年以上になるとの見方もある。
「史上最も複雑な離婚協議」とも称されるゆえんである。なにしろ、関税など経済協定、EU法の適否、EU予算への拠出などさまざまな合意が必要となる。
「別れても友達として−」とノルウェーやスイスのようにEUの外にいて仲良くやっていく方法もある。EUとの経済協定なしに世界貿易機関WTO)のルールに基づいて貿易するといったドライな関係まで選択肢は広い。
英国にとって最大の輸出相手国・地域は、言うまでもなくEUだ。40%を超えている。これまでの域内関税ゼロは死守したいだろうが、EU側からすれば安易な妥協はできない。
ドミノ倒しのように第二、第三の英国が出るような事態を避けるため、むしろ制裁的な対応をとるべきだとの考えからだ。新たな貿易協定を結ぶのに多大な時間がかかれば、貿易量が減り、ひいては雇用の減少などの悪影響もでるだろう。英国にとっては、まさにいばらの道が待っている。
とはいえ今、何よりも優先すべきなのは市場の安定である。キャメロン英首相はEUとの交渉を後任に委ねる考えを示したが、緊急を要する為替や株式市場の対応に全力を挙げるべきだ。
英国経済の先行きへの不透明感から英ポンドが売られ、EUの弱体化が懸念されてユーロも大きく値下がりする。一方で安全な通貨とみなされる円は買われ、さらに世界経済の不安定化から米国の利上げが遠のくことで一層円高は進みやすい。
円高日本株安を加速させるし、投資家がリスク回避の姿勢を強めれば世界的な株安が止まらなくなるおそれがある。
これは先進七カ国(G7)の通貨当局や、欧州中央銀行イングランド銀行、日銀など中央銀行が緊密に連携し、市場介入なども含めて対応しなければならない。欧州にくすぶる金融システム不安や通貨危機には十分な目配りが必要である。

◆試されている英知
「英国のEU離脱を地球上で最も喜んでいるのは誰か。それはプーチン・ロ大統領だ」−フランス国営放送に出演した元EU議会議員は断言した。ロシアに経済制裁を科しているEUの弱体化を歓迎しているだろうという意味だ。
英国離脱は「ギリシャ危機」や「難民危機」に次ぐ危機だが、拡大と深化を続けてきたEUにとって最大の試練であることは間違いない。半世紀以上にわたり積み上げてきた英知が試されている。