(筆洗)その少年にパン屋のおばさんはパンを売ろうとしない - 東京新聞(2016年6月20日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016062002000129.html
http://megalodon.jp/2016-0620-1122-11/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016062002000129.html

その少年にパン屋のおばさんはパンを売ろうとしない。「よそのお店行ってよ。いろいろ言われんのやなのよ」。少年が宇宙人だと、うわさになっているからである。「帰ってきたウルトラマン」の第三十三話「怪獣使いと少年」(一九七一年放映)。覚えている方もいるか。
パン屋の娘さんが少年を追い掛けてパンを渡そうとする。「同情なんかしてもらいたくないな」。娘さんがいう。「同情なんかしてないわ。売ってあげるだけよ。だってうちパン屋だもん」
脚本は上原正三さん(79)。関東大震災時の朝鮮人虐殺を題材に差別と群衆の恐ろしさを描いた。パン屋はパンを売る。差別や立場を異にする人間への憎しみが当たり前の営みを忘れさせてしまう。
英国で女性下院議員が殺害された。背景には、英国のEU離脱をめぐる意見対立がある。離脱か残留か。対立の中で憎悪に心を失い、異なる意見の人間を消し去ろうとしたか。それは意見対立の解消とはほど遠い。
わが国にも国民同士で意見対立する問題が山積する。日本だけは大丈夫とは言い切る自信がない。銃規制の厳しい英国でも事件は起きた。
意見は意見であって、違いがあろうと、誰かがこの世から消えてよい理由などに決してならぬ。生きるためのパンは意見とは無関係にお互いに差し出す。意見対立を乗り越えていくためのヒントはそこにしかあるまい。

関連サイト)
沖縄の苦悩込めたウルトラマン 那覇出身の脚本家・上原正三さん - 東京新聞(2016年6月12日)
http://d.hatena.ne.jp/kodomo-hou21/20160612#p1