増税再延期表明 未来への責任はどこへ - 毎日新聞(2016年6月2日)

http://mainichi.jp/articles/20160602/ddm/005/070/021000c
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いかにも強引な理屈だった。安倍晋三首相は記者会見し、来年4月に予定されていた消費増税を2年半先送りする方針を正式に表明した。
首相は再延期の理由について「世界経済の新たな危機に備える」と説明し、夏の参院選で国民の審判を仰ぐと強調した。だが、聞けば聞くほどなぜ再延期なのか、疑問が募る釈明だった。
首相は2014年に最初の増税先送りを表明した際、「再び延期することはない」と断言して衆院を解散した。ただし、リーマン・ショック東日本大震災級の事態が起きれば別だとの考えも示していた。

説得力欠く首相の説明
そのためか、首相は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でリーマン・ショック時との類似性を指摘する資料を配り、危機感を強調した。リーマン・ショック当時に世界経済の現状をなぞらえ、再延期を正当化する狙いがあったとみられる。
ところが、きのうの会見で首相は一転して「現時点でリーマン・ショック級の事態は発生していない」と述べた。リーマン・ショックを意識した首相のサミットでの対応が海外メディアから「説得力のない比較」などと、辛辣(しんらつ)に報じられたことを意識したのだろう。
その代わりに首相は「世界経済の新たな危機を回避するため、政策総動員で対応するとサミットで合意した」と述べ、議長国として責任を果たすという理屈を持ち出した。
だが、世界経済が危機に陥るリスクをことさら強調し、日本に財政的な対応を求めるような認識はサミットでは共有されていない。
一方で国内の経済状況については雇用、所得などの指標を挙げてアベノミクスの成果を強調し、国内要因が再延期の理由だとは認めようとしなかった。
つまり、現在はリーマン級の危機ではない。アベノミクスはうまくいっている。ただ、今後、新たな危機が発生するかもしれないため、念のため増税を再度、先送りするという乱暴な論理だ。
増税できる環境を整備する約束を果たせなかった責任は大きい。にもかかわらず、首相は「(過去の)約束とは異なる新しい判断だ」と言い張り、再延期方針について参院選で国民の審判を仰ぐと述べた。与党が改選議席過半数を獲得すれば、公約に反した責任は免れるという考え方のようだ。
首相は、増税が景気へ悪影響を及ぼし、デフレからの脱却を妨げるおそれがあると指摘した。確かに14年の税率8%への引き上げ後は消費が落ち込んだ。増税を再延期すれば、景気を一時的に下支えする効果はあるだろう。
だが、増税が1年半延期されたにもかかわらず、景気は本格的に回復していない。増税の再延期で日本経済の足腰が強くなる保証もない。
それどころか、社会保障の財源が失われてしまうことで、社会や経済の将来の不安は拡大してしまう。
税率10%時には社会保障の充実のために計2兆8000億円が充てられる予定だ。8%段階では1兆3500億円にとどまり、再延期で約1兆4500億円の穴が開く。
低年金者への給付金など消費増税の効果が発揮される施策は10%になってからのものが多い。

次世代につけを回すな
子育て支援では消費増税で7000億円、それ以外の財源で4000億円を確保するはずだったが、現在は消費税による6000億円だけだ。保育士や介護士は深刻な人手不足に陥っており、十分な数を確保するためには待遇改善が急務だ。
政府は「1億総活躍社会」のプランをまとめ、「希望出生率1・8」「介護離職者ゼロ」の目標達成に向け、保育士や介護士の給与引き上げを打ち出した。これには毎年約2000億円の安定した財源がいる。
首相は増税を先送りしても介護や子育て支援は優先すると説明した。だが、景気に左右されやすい税収増などを財源にするというのでは、不確かだ。
財政健全化の目標とする「基礎的財政収支の20年度黒字化」は堅持するとの説明は危うい。首相の自民党総裁の任期は18年9月に切れる。19年10月の増税を誰が請け負うのか。2度延期されたものが3度目で実現するとはにわかに信じがたい。
大型経済対策にも疑問がある。増税先送りで財政が厳しくなる中で、参院選対策でばらまきまで行うようでは、借金がさらに積み上がる。
税と社会保障の一体改革は、少子高齢化で増大する社会保障費を、現在の世代が幅広く負担を分かち合う消費税でまかなう仕組みだ。借金を将来の世代につけ回ししないための枠組みを崩壊させてはならない。
主要野党はそろって来春の増税実施に反対している。民進党社会保障の施策で不足する財源に赤字国債を発行してあてるように主張しているが、新たな借金によらぬ財源を示す必要がある。
参院選で問われるのは再延期の単なる是非ではなく、日本の未来を見据えた税や社会保障のあり方だ。与野党は責任あるビジョンを示して競い合うべきだろう。