(筆洗)裁判員に対する一切の圧力を封じる仕組みがいる - 東京新聞(2016年6月1日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016060102000132.html
http://megalodon.jp/2016-0601-1339-42/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016060102000132.html

こんな場面を目撃した。米国での話である。若者と中年の男がすれ違いざまにぶつかった。その拍子に中年の方が書類を落としたが、若者の方は黙ってそのまま去っていく。中年男性は若者の背中に大声で、こう叫んだ。「アイムソーリー!」
無論、この「ごめんなさい」に本来の気持ちはない。若者の無礼に対する非難であり、「おまえは謝らないのか」の皮肉であろう。「ごめんなさい」という心優しき言葉も使い方ではトゲになる。日本語なら「あたしが悪うござんしたね」か。本当は悪いと思っていない。
「よろしく」。これも状況やどんな人間が口にしたかでその意味は大きく変わる。暴力団幹部が殺人未遂罪に問われた福岡での裁判員裁判。幹部の関係者とみられる人物が裁判員に「よろしく」と声を掛けたという。
裁判員への威迫(脅迫)や請託は禁止されている上、一般市民には存在さえ不気味な暴力団がらみの裁判である。裁判員の耳にはその「よろしく」が脅しや意に沿わぬ判決が出た場合の警告にも聞こえよう。
この人物は傍聴席で裁判員の顔を確認していた可能性もある。「夜露死苦」という禍々(まがまが)しく威圧的な当て字を連想してしまう。
この裁判に限らず、裁判員に対する一切の圧力を封じる仕組みがいる。たった四文字。それで国の根幹を支える、公平公正な司法制度全体が揺らいでしまう危険もある。