(余録)ギリシャ神話でトロイアの滅亡を予言した王女カサンドラは… - 毎日新聞(2016年5月31日)

http://mainichi.jp/articles/20160531/ddm/001/070/147000c
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ギリシャ神話でトロイアの滅亡を予言した王女カサンドラは、呪いを受けていた。その予言を誰も信じないという呪いである。結局、滅亡の予言はかえりみられず、人々は木馬を城内に運び込んだ。
カサンドラのジレンマ」とは危機を訴える予言のジレンマをいう。予言が信じられない場合、破滅が訪れて予言は無意味に終わる。人々が予言を信じて危機を回避すれば、予言は外れてうそつき呼ばわりされる。いずれにせよ予言者は悲運に見舞われることになる。
世を驚かせたのは先の主要国首脳会議で安倍晋三(あべしんぞう)首相が世界経済は「リーマン・ショック前に似ている」と説いた一幕だった。商品価格のデータなどによる危機の予言は首脳たちを十分納得させられなかったようで、海外メディアも「説得力のない比較」だと評した。
だがこちらはカサンドラの悲運とは対照的な展開で、首相発言で国内各紙が一斉に報じたのは「消費増税再延期へ」の筋書きだった。もちろんリーマン級の経済危機が増税再延期の条件とされていたためで、ほどなく首相は危機回避を理由に増税再延期の意向を示す。
増税は先送りしたいが、すればアベノミクスの失敗との批判を浴びる「安倍政権のジレンマ」だ。悪いのはアベノミクスでなく世界経済という危機の予言でジレンマはしのげたか。予言も何も、主要7カ国中で成長率は最低、財政赤字は最悪なのが日本の現実である。
安倍氏が今度は日本の有権者を説得できるかを見守ろう」と英BBCはいう。首相の「予言者」としての適格性は、デフレ脱却や成長実現などの見通しについてのこの間の実績をみれば分かる。