(筆洗) ゾウの「はな子」 - 東京新聞(2016年5月29日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016052902000122.html
http://megalodon.jp/2016-0529-1016-56/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016052902000122.html

ひろい川をみると
かなしみがひろがるのでらくになるようなきがする

詩人八木重吉の「川」を思い浮かべて、おまえのことを考える。おまえにも「川」のように人の<かなしみ>に耳を傾け、<らくになるようなき>にさせる力があったんじゃないか。アジアゾウの「はな子」である。
二十六日、東京都武蔵野市井の頭自然文化園で呼吸を止めた。穏やかな最期だったそうでほっとする。
国内最高齢の推定六十九歳。一九四九(昭和二十四)年、タイから来日した戦後最初のゾウである。戦後日本の大半を日本人と暮らしてくれた。世代を超えて、あのゾウと心で会話した人がいるだろう。東京に一時でもいた方なら、あの気難しくも人好きなゾウの思い出があるかもしれない。
焼け跡からの復興。高度成長期やバブル期をくぐって、ちょっとたそがれている今。この国に起きた変化を「はな子」はほめてくれるだろうか。ちょっと自信がない。
人を慰める力の源は順風満帆とはいえない一生のせいかもしれないと想像する。飼育員を死亡させる事故。人間不信に陥った時期もあると聞く。「悲しいのは、あんただけじゃない」。人の寂しさを分かち合い、そう言っていた気がする。
<象が踏んでも壊れない>。あの筆入れのCMに出たのか。あれなら買ってもらったよと笑いそうになる。そしてもういないのかとうつむく。