(筆洗)沖縄の言葉「肝苦(ちむぐり)さ」 - 東京新聞(2016年5月21日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016052102000124.html
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極北の民が話すイヌイット語には「イクトゥアルポク」という言葉があるそうだ。意味は、<だれか来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみること>。きっと客人を大切にする民なのだろう。
南アフリカズールー語で「ウブントゥ」は<あなたの中に私は私の価値を見出し、私の中にあなたはあなたの価値を見出す>との意味で、「人のやさしさ」を表すというから、実に味わい深い。
世界にはおよそ六千の言語がある。その一つ一つに風土が深く染み込んでおり、だから、他の言語に簡潔に置き換えにくい言葉も多い。『翻訳できない世界のことば』(創元社)は、そんな言葉を集めた小さな宝箱のような本だ。
その箱にぜひ加えてほしいのが、沖縄の言葉「肝苦(ちむぐり)さ」だ。これも訳すのが難しいという。だれかの悲しみや苦しみを思えば、自分の心が本当に痛くなる。他人の痛みを自分の痛みとする。そういう深い意味合いを持った言葉なのだそうだ。
沖縄はいま、「肝苦さ」でいっぱいだという。二十歳の女性が、行方不明になった。家族は祈り続けただろう。しかし遺体で見つかり、元米兵が逮捕された。「基地の島」で、またも悲劇が繰り返された。
娘の命を奪われた家族の悲しみ。いくら米軍基地の県外移転を訴えても顧みられぬ沖縄の痛み。日本中が、「肝苦さ」の本当の意味を理解する時だ。

翻訳できない世界のことば

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