子どもの貧困 学び支え、連鎖断ち切ろう - 朝日新聞(2016年5月5日)

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_pickup_p
http://megalodon.jp/2016-0505-1016-05/www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_pickup_p

最も貧しい家庭の子どもが、他の多くの先進国と比べて、厳しい状況に置かれている――。
4月に公表された国連児童基金ユニセフ)の報告書は、そんな日本の現状を浮かび上がらせた。最貧困層と標準的な層との格差を国ごとに分析しており、日本の格差は41カ国の中で8番目に大きいという。
所得が真ん中の人の半分に満たない人の割合を示す「相対的貧困率」でも、日本の子どもは6人に1人が貧困層にあたり、先進国の中で悪い方だ。貧しさの広がりに加え、ユニセフの調査でその度合いも深刻であることを指摘されたと言える。
対策としてまず問われるのは、そうした家庭へのサポートだ。日々の生活を助ける各種の手当や親の就労への支援など、福祉を中心とする施策が重要であることは言うまでもない。
それ以上に考えなければならないのは、子どもたちに焦点を当てた支援だ。生活の苦しい家庭で育った子が、大きくなってもその状態から抜け出せず、世代を超えて続いてしまう「貧困の連鎖」をどう断ち切るか。
カギとなるのは教育だ。

■教育で広がる将来
さいたま市内のコミュニティセンター。午後6時を回ると制服や体操着姿の中学生が次々とやって来る。経済的に厳しい家庭の子どもたちに、学生ボランティアが週2回、勉強を教える無料の「学習支援教室」だ。
4月からボランティアをしている女子学生(18)は、かつて教室で学んだ一人だ。「ここに来ると、いつでも私の話を聞いてくれる人がいる。心のよりどころみたいな場所でした」
母と2人暮らし。女子学生が中学2年生の時、家計を支えていた母が体を壊し、生活保護を受けるようになった。「進学するより働いた方が、と思った時もあった。けれど、大学生のボランティアさんから学生生活のこととか、いろんな話を聞くうちに夢がふくらんで」。今は奨学金で大学に通い、福祉の分野を学んでいる。
市の委託で教室を運営するNPO「さいたまユースサポートネット」の青砥恭(やすし)代表は言う。「子どもたちが自分自身で未来を切り開く力をつけなければ、貧困問題は解決しない。学びは貧困対策の核です」
昨年4月に始まった生活困窮者自立支援制度で、厚生労働省は学習支援事業を貧困対策の柱の一つと位置づけ、自治体に実施を促している。しかし任意事業のため、青砥さんのNPOの調査では「実施予定なし」の自治体が45%もある。

■地域の実態調査を
こうした取り組みをどう加速させるか。ヒントになりそうなのが、貧困の「見える化」だ。
沖縄県は今年、都道府県で初めて独自に子どもの貧困率を29・9%と推計し、公表した。全国の1・8倍という高さだ。
「沖縄の子どもの状況がどれだけ厳しいか。それを把握しないと必要な対策も見えてこない」(喜舎場〈きしゃば〉健太・県子ども未来政策室長)。渋る市町村を説得し、協力を仰いだ。
学校で必要な教材の費用などを援助する就学援助を貧困家庭の半分近くが利用しておらず、制度を知らない人も2割近い。同時に行ったアンケートからは、既存の支援制度が十分に機能していない実態もわかった。
県は「就学援助を知らない貧困世帯ゼロ」「学習支援教室を全市町村に拡大」など34の数値目標を含む6カ年計画を作り、30億円の対策基金を設けた。調査を担当した一般社団法人「沖縄県子ども総合研究所」の龍野愛所長は「現実を突きつけられたから政策が動いた。実態把握は、政策の効果を検証する上でも欠かせない」と強調する。
大阪市も今年度、小・中学生らを対象に調査を予定する。地域ごとに実態をつかむことが、対策を前進させる大きな力になる。取り組みを急ぎたい。

■社会全体で向き合う
「子どもの将来が生まれ育った環境によって左右されることのないよう、必要な環境整備と教育の機会均等を図る」。2014年に施行された子どもの貧困対策法を受け、政府が閣議決定した大綱がうたう理念だ。
言葉だけで終わらせてはならない。社会保障と教育を両輪に、対策を充実させたい。とりわけ教育分野では、経済規模と比べた公的支出が先進諸国の中で最低水準にとどまる。予算を思い切って増やすべきだ。
「義務教育は国がしっかりやるが、高校や大学は自立してがんばってもらわないと」。自民党の国会議員が奨学金制度の拡充をめぐって最近、こんな趣旨の発言をした。今も根強い主張だが、そうした単純な「自己責任論」から卒業する時だ。
子どもたちは社会の担い手になっていく。その健やかな育ちを後押しすることは、「未来への投資」にほかならない。
社会全体で子どもを支える。その合意と負担に向き合う覚悟が問われている。