こどもの日 助けての声が聞こえる - 毎日新聞(2016年5月5日)

http://mainichi.jp/articles/20160505/ddm/005/070/059000c
http://megalodon.jp/2016-0505-1015-02/mainichi.jp/articles/20160505/ddm/005/070/059000c

きょうは、こどもの日。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と国民の祝日法に書かれている。しかし、幸せそうに見える風景の中に小さな悲鳴が隠れている。
親から虐待されている子、生活苦で子の養育ができない親たち……。貧困だけでなくアルコール依存や障害などさまざまな要因が複雑に絡み合って、子供たちを傷つけている。子供はこうした困窮が自覚できず、なかなかSOSを言わないだけで、実態は深刻だ。

複合的な困窮から救え
学校を休みがちの中学生がいた。
まったく不登校というわけではないので誰も気付かなかったが、1年前からひとり親となった母の生活が苦しくなり、水道やガスが止められていた。風呂に入らず、駅や公園の公衆トイレを使っていた。中学の養護教員が子供たちの何気ない会話からようやく気付いたのだという。
「渦中にある子はなかなか自分から助けてと言わない。周囲が気付いてもすぐに救済されるわけではない。生活保護は申請してから受給するのに1カ月もかかる」
中学生を支援する静岡市の独立型社会福祉士の川口正義さんは指摘する。30年以上、虐待や貧困で苦しむ子供たちに寄り添ってきた。
今やどこにでもこうした子供はいる。困窮の状況が見えにくく、関心を持つ人が少ないだけだ。
札幌市の社会福祉法人「麦の子会」の保育所や放課後等デイサービスには、500人近い子供が通っている。そのうち77人はひとり親家庭の子だという。
親のアルコール依存や精神障害、虐待、近親者の自殺、触法などが何重にも絡み合うケースが多い。母の内縁の夫に暴力を振るわれている子、母がうつでゴミ屋敷の中で生活している子もいるが、「これが普通の家庭だと子供は思っている」と北川聡子総合施設長は言う。「暴力があってもお父さん、お母さんが好きで、貧しいのは自分のせいだと思ってしまうのです」
義務教育を受ける15歳までは、学校が子供の困窮を発見し支援につなげる役割を担っている。年齢が上がるにつれて教育や福祉などの公的支援は少なくなる。18歳になり、児童福祉法の適用年齢を超すと、児童養護施設や障害児入所施設が利用できなくなり、「自立」を迫られる。
現在、大学や専門学校などへの進学率は7割を超えているが、生活困窮家庭の子は高等教育を受ける機会が少なく、高校中退者も多い。部屋を借り、就職する際に必要とされる保証人を探すことが難しい。

どうやって自立しろというのか。
寝る場所や食べ物がないため、インターネットのサイトで援助してくれる男性を求める少女たちがいる。「神待ち少女」と呼ばれる。
警察庁によると2015年に非出会い系サイトで児童買春や児童ポルノの被害にあった子供は1652人に上る。性風俗にしか居場所を見つけられないという少女も多い。
こうした子供たちが求めるのは、今すぐ寝るところ、食べるもの、お金だが、子供の福祉を担う公的機関はほとんど頼りにならない。

国政の最優先課題に
政府の対策が遅れてきたのは、親の養育責任を重視する考えが根強いからでもある。「甘やかすとためにならない」と子供にも努力を求める意見がよく聞かれる。
だが、親族や近所などの支え合いが格段に厚かった時代に比べ、現在は子供を保護し育てる近隣の補完的な機能が極めて弱い。
幼少期に虐待やネグレクトに遭うと、自分自身や社会に関心が持てなくなり、生活習慣を身に着けたり学習したりする意欲が阻害される。ひどい虐待を受けた子の中には、脳が萎縮する例があるとの研究報告もある。努力するために必要な土台がない子に努力を求める理不尽さを認識すべきである。
母子家庭の8割の母親は就労しており、先進国の中でひとり親の就労率は日本が突出して高い。その半数は低収入の非正規雇用で、複数の仕事を掛け持ちしている人も多い。
社会的格差が以前よりはるかに大きくなり、社会の底辺でもがいている人に自己責任を求めて解決できる状況ではないのだ。
「子供はうそをつく。自立のために部屋を確保し、仕事を見つけてきても、家賃を踏み倒して逃げていく。幼いころに虐げられた子は簡単に立ち直ることはできない」。困窮家庭の子供や非行少年を支援している造園業の男性はそう言う。
しかし、何度だまされても辛抱して支援し続けると、数年が過ぎてから、子供が変わっていく。そんな経験を何度もしたという。この男性自身が幼いころ父から激しい虐待を受け、非行に走った過去がある。
福祉制度の隙間(すきま)で、公的な助成を受けずに必死に子供たちを救っている人々がいる。こうした民間の活動にこそ公的支援がもっと必要だ。
子供の困窮対策は国政の最優先課題に位置づけるべきである。財源や人材を確保し、福祉や教育の支援を厚くしないといけない。官民を挙げた取り組みが求められている。