(筆洗)集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法が施行日を迎えた - 東京新聞(2016年3月29日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016032902000134.html
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「巨大で漆黒の男」がその十字路にやって来るのは真夜中、午前零時のちょっと前という。巨大な男は聞く。「ギターをうまく弾きたいって?」「だったら、魂をオレに売りなよ」
米国南部に伝わる「十字路(クロスロード)伝説」である。細部に違いはあるが、ブルース歌手が自分の魂と引き換えに超人的な演奏技術を手に入れるというのがだいたいの筋である。
伝説の黒人ブルース歌手ロバート・ジョンソン(一九一一〜三八年)にも、この伝説が付いて回る。午前零時の十字路とはこの世とあの世の狭間(はざま)か。
日にちが変わるのが気になるのは大みそかと正月の間ぐらいだが、ゆうべは胸騒ぎを覚えた方もいるだろう。時計の長針と短針が真上で重なった刹那、この国は間違いなく変化したのである。集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法が施行日を迎えた。
日付を越えてもその変化は目には見えない。されど、この国は何かを手に入れ、そして確実に何かを失った。政府の自信にあふれる説明通りならば、手に入れたのは「切れ目のない安全保障」か。引き換えに失ったものは何か。戦争はまっぴらだという戦後日本を支えた「魂」ではないことを祈るばかりである。
あの伝説では、十字路の主は悪魔だった。われわれが午前零時に足を踏み入れた「十字路」の主の正体は何だろう。不吉なブルースは本当に幻聴か。