平和の俳句通じ交流 反戦託す100歳と共鳴する中3 - 東京新聞(2016年3月28日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201603/CK2016032802000131.html
http://megalodon.jp/2016-0328-0915-56/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201603/CK2016032802000131.html

世代と地域を超え、ともに願う−。本紙が朝刊1面に掲載している「平和の俳句」が、ひとつの縁を結んだ。石川県白山市に住む100歳の近吉(ちかよし)三男さんと、埼玉県川口市立戸塚中3年2組の生徒たち。近吉さんの句に共感した同校の女性教諭が間に立って手紙を交換し、平和への思いを重ねた。 (矢島智子、沢井秀和)

 <一票は銃弾より重し八手(やっで)花>

昨年一月三日、始まったばかりの「平和の俳句」に、当時九十八歳の近吉さんの句が載った。体重不足のため入営はしなかったが、戦時中に戦艦大和の砲弾や自爆艇をつくっていた。
社会科教諭の佐藤英子(えいこ)さん(58)は、民主主義を支える選挙の一票を戦争と絡めて詠んだ句に共感した。近吉さんのことを生徒に教えたいと思っていたところ、同年七月に近吉さんが二度目の入選。九十九歳になっていた。
「近吉さんが百歳になる前に」と句や記事の感想を手紙に書き、冬休みに会いに行った。日本の近現代史を教えた三年二組の生徒に、近吉さんの平和への思いを紹介した本紙記事を見せると、十人ほどが手紙を託した。その一人の結城黎(れい)さん(15)は「百歳の人と知り合う機会がないから、交流できればいいなと思った」と話す。
今年二月、近吉さんから四百字原稿用紙四枚につづられた返事が届いた。戦争については「頭の隅に疑念を持ちながら、なぜ止められなかったのか、現在振り返って思えば、その日その日の生活に追い回されて、とても世界の流れも実態も知る余裕はなかったのです」と率直に吐露していた。
生徒たちには「歴史は勝者の記述であり、施政者の立場のものです」「勉強はその後の人生の視野を広げる眼鏡のようなもの」と助言。最後に<一票は…>の句を添え、「ありがとう。くれぐれも健康管理を大切に! 未来を拓(ひら)く三年生へ」と結んだ。
返事を読んだ服部桃磨(とうま)さん(15)は「戦時中でも戦争に疑問を持っている人がいたんだ」と驚いた。渡辺縁(ゆかり)さん(15)は「本に載っていることにも疑問を持ちながら自分なりに信じられるものを生み出していきたい」。
今度は約三十人が手紙を書いた。届いたころ、近吉さんは気管に食べ物が入り入院中で、生徒たちの手紙は大きな励みになったという。そして、手紙に句を添えた理由をこう語った。
「一票を大切にする気持ちを持ち続け、その心を広めてほしい。一票こそが平和を築く最強の武器なんだから」
生徒たちは今月十五日に卒業した。三年後にはそれぞれ「銃弾より重い」一票を手にする。