(余録)「榎でもきれぬ時には松に行き」と… - 毎日新聞(2016年3月18日)

http://mainichi.jp/articles/20160318/ddm/001/070/148000c
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「榎(えのき)でもきれぬ時には松に行き」と江戸川柳にある。榎とは板橋宿の縁切り榎のことで、松は縁切り寺として知られた鎌倉・松ケ岡の東慶寺(とうけいじ)のことである。縁切り榎のまじないでも切れない悪縁は東慶寺に駆け込むしかないというのである。
縁切り寺に駆け込んだ後の女たちを詠んだ川柳もある。「松ケ岡たがいに痣(あざ)を比べ合い」「松ケ岡院主ばかりは無疵(むきず)なり」……夫らの暴力やせっかんを逃れて駆け込んだ女たちが多かったのだろう。「松ケ岡似た事ばかりをはなし合い」とお互いの境遇を慰め合った。
ドメスティックバイオレンス(DV)と言葉は改まったが、悪縁に心身をさいなまれる人々の苦しみは昔と変わるまい。全国の警察が昨年把握したDVの被害は6万3000件を超えて過去最多、暴行や傷害などで摘発されたケースも前年を大幅に超えているという。
「松ケ岡男を見ると犬がほえ」は、女を追ってきた男に縁切り寺近くの犬がほえかかるという川柳である。もちろんストーカーも昔からあった。先の統計によれば、こちらは前年をやや下回ったものの依然2万件を大きく超えて、ここ3年間続く多発ぶりは変わらない。
加えて悪縁のもたらす被害も昔は想像もできなかったものがある。技術の進歩が人の卑劣さまで増長させたのかと思わせるリベンジポルノ(復(ふく)讐(しゅう)目的の性的画像公表)がその一つで、初めてとなる警察の昨年の統計では寄せられた相談が1143件の多きにのぼった。
「松ケ岡にこにこ出るにべそべそ来(き)」。悪縁から逃れるため寺に3年とどまった昔だった。べそべそする前に駆け込み、いや相談してほしい現代である。