(筆洗)人工知能の「アルファ碁」 - 東京新聞(2016年3月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016031702000142.html
http://megalodon.jp/2016-0317-0932-45/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016031702000142.html

人工知能の「アルファ碁」が世界トップ級のプロ棋士を破った出来事に対する周りの反応は概(おおむ)ね二通りに分けられる。「へえ」と落ち着いた方と、「なにっ」と眉間に皺(しわ)を寄せた方である。人工知能によるディストピアめいた社会を予測し、嘆く方もいた。
無論「アルファ碁」の衝撃は大きかった。人工知能の性能はこれまでもチェスや将棋などで証明されてきたが、より複雑で領域の広い競技での圧勝。しかも、相手は人類を代表するにふさわしい斯界(しかい)の「魔王」である。
不安のシワは人工知能をめぐる最近の状況を反映しているのだろう。人工知能やロボットに人の仕事が奪われる。そんな産業革命期の機械打ち壊しめいた世間の気分を感じもする。
人間を上回る意識を持った人工知能が現れると予測される「二〇二五年問題」も迫る。「ともだち」ではなく「脅威」かも。時代の見方が変化する中での「圧勝」に一部の人は動揺したのだろう。
いたずらに心配してもはじまらぬ以上、人工知能の進化は人の幸せに向かうと信じるしかないか。ポーランド人作家、スタニスワフ・レム人工知能に政治、国防を任せるという短編がある。
どうなるか。「最良の平和保障は全面的な軍備配備撤廃」と判断した。人間的である。あの碁でいえばあえてもう一局落とすぐらいでなければ、まだまだ、「優しき人」の「能力」ではなかろう。