(余録)「此比都ニハヤル物」に始まる… - 毎日新聞(2016年3月9日)

 
http://mainichi.jp/articles/20160309/ddm/001/070/175000c
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「此比(このごろ)都ニハヤル物」に始まる二条河原落書(らくしょ)は建武(けんむ)の新政が始まって約1年後に掲げられた。「夜討(ようち)強盗謀綸旨(にせりんじ) 召人(めしうど)早馬虚騒動(そらそうどう)……」。授業で習ったのは遠い昔でも、小気味良い調子は忘れられない。
落書とは時の権力者や世相を批判、風刺する匿名の文書のことだ。街中に掲げたり、落としておいたりして、人目につくようにした。当時の政治の混乱をみごとに描き出した二条河原落書は「落書史上の傑作」といわれる。
「何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか……」。乱暴な言葉も、かえって多くの人々の共感を呼んだようである。ネットの匿名ブログに掲げられた「保育園落ちた日本死ね!!!」だ。
ネットでたちまち評判になったこの一文を、さらに世に広めたのが首相や与党議員の国会での答弁やヤジだった。匿名では真偽が分からない、誰が書いたかを示せといった対応に、「保育園落ちたの私だ」という親たちが続々と名乗りを上げたのは成り行きであろう。
結局、首相が保育施設対策に「一生懸命頑張っている」と答えたのは、女性の支持率低下を示す世論調査が伝えられた後となった。落書もデマや中傷とは限らない。世の現実を鋭く切り取り、人の心をつかむ落書の伝統が日本にあるのを首相たちは知らなかったのか。
「十分になればこぼるる世の中を ご存知(ぞんじ)なきは運の末(すえ)かな」。豊臣秀吉が天下統一した翌年に詠まれた落首(らくしゅ)(落書の歌)で、十分という慢心からこぼれる運命の皮肉を突いた。誰が詠んだかを示さねば信用ならないといわれても困る。

関連サイト)
保育園落ちた日本死ね!!!
http://anond.hatelabo.jp/20160215171759