(筆洗) - 東京新聞(2016年1月14日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016011402000139.html
http://megalodon.jp/2016-0114-0942-19/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016011402000139.html

「日本を許したい」「許したら日本もどうにかするのではないか」。韓国・世宗(セジョン)大学教授の朴裕河(パクユハ)さんは著書『帝国の慰安婦』の日本語版を、そんな言葉を残してこの世を去った元従軍慰安婦に捧げている。
「許せない」という元慰安婦だけでなく、「許したい」という人もいる。どういう思いで「許したい」と言うのか。彼女たちの多様な声に謙虚に耳を傾け、その深く複雑な悲しみとその背後にあるものを見つめようとすることこそ、慰安婦問題を解決する糸口ではないのか。
そう説く朴教授の労作は、日韓の和解を進めるための「橋」の一つだろう。しかし、日本では「早稲田ジャーナリズム大賞」などに輝いたこの本のために、彼女はきのう、慰安婦の名誉を傷つけたとして韓国の裁判所から損害賠償を命じられた。
それだけではない。朴教授は韓国の検察当局に名誉毀損(きそん)罪で起訴され、二十日からその裁判も始まる。大江健三郎さんら五十人を超える日米の作家や学者らが出した「学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理ではないでしょうか」との声明の通り、これは朴教授一人の問題ではない。
民主主義には程遠い体制が目立つ東アジアにあって日本と韓国は、人権や自由という価値を分かち合う間柄でもある。
言論の自由」という「橋」を焼き落とすことがないよう、隣人に求めたい。

帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い

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